右奥に電話のある事務机、左の壁沿いに百枚単位のマットの山、まん中の大きな作業台の上に何十枚かのマットが重ねて置いてある。僕たちはそこから二十枚を車に移動させる。
「おはようございます」と僕が言うと、「今日は二人かい」と、一人だけの事務員の男がこちらを向いた。
後から入ったユミが「あいにくね」と応えると、「頑張って」と言い、顔をスッと机の上に戻した。
「今日は本郷界隈を網羅して、大学の構内を散歩しよう。案内するよ」
車が走り出してから僕が言う。ユミは無言で次の信号を左折した。それから二回左折をくり返し、次の信号を右に曲がって反対車線に入る。
「もう少し早く言ってね」
ユミは前を向いたまま、そう言った。
午前中は本郷通りをお茶の水に向かってまっすぐ進みながら営業。昼の休憩時間は相手にされないので早々に切り上げて本郷通りを引き返し、本郷三丁目交差点を右に曲がって少し進み、いつものように龍岡門から東大構内に入った。病院前の駐車スペースに車を止め、道路を横切って運動場(御殿下グラウンド)前の歩道を右に進んで安田講堂に向かう。
歩道から左に折れて石畳の緩い坂道(三四郎坂)に入ると、右手にすぐ、赤レンガ造りの歴史的建造物が見える、これが安田講堂だ。階段を上がって正面の入口から入り、地下の職員食堂に行った。