「霜臺様(松永久秀)の御出座」

一同は両膝をつき、両手を畳につけた「控え」の姿をとった。

「隆仙、宗朋、宗易。良く参った。宗可は茶頭を宜しく頼むぞ。さあ、手を挙げて楽に座れ。宗易、長らく待たせて、すまなかったの。宗朋から、お主が『九十九髪茄子』の拝見を所望しているのは聞いておったのだが、ややこしい戦が続き、茶の湯の時が取れなかったのじゃ。今日はその詫びに、『宇治の三之間』の名水を汲ませておる。竜神の水を味わうが良い。〝茄子を恋ふらし面影に見ゆ〞じゃからな」

久秀は声をあげて笑った。

宗易は、宗朋に密かに尋ねた。

「『宇治三之間』の名水とはどういうものでしょうか」

「宇治川に掛かる橋の、西側から三つ目の欄干の事でござる」

「それがどうして名水なのですか」

「『橋姫』が祀られております。鳰の海(琵琶湖)の竹生島から流れ出るといわれる『竜神の水』は、瀬田川宇治川と続き宇治橋『三之間』の下を流れると伝えられております。そのため、三番目の欄干を張り出して『橋姫』が祀られ、そこから汲んだ水は名水と聞こえが高いのでございます」

「若狭屋さんが、今朝の寅の刻(午前四時頃)に汲まれたそうでございます」

隆仙が話を添えた。

茶の湯執心の、心優しい面を持つ久秀である。

『九十九髪茄子』は、第三代将軍足利義満の時代から、御物として伝えられた天下第一の茶入である。八代義政から、山名是豊に渡り、村田珠光がこれを「銀九十九貫」で買い求めたのが名前の由来である。