第一章
三
「万条さん、安妙寺さん。あなたたちは、二人とも学生ですね?」
ヨンケルは二人を頼もしそうに見た。
「特に万条さん、あなたのドイツ語は、たいへん素晴らしい」
「いえ、それほどでも……」と、万条はひとまず謙遜した。
ヨンケルはすっかり打ち解けた様子で、親しげに万条の肩を叩いた。
「では、これから私は、あなたのことを『ジョー』と呼ばせてください」
「ジョーですか」
万条は驚いた。しかし、悪い気はしなかった。ジョーといえば、英語の名前で『ジョージ』などの愛称だ。欧米では親しみを込めて、そう呼ばれることも知っていた。
万条は西洋人の仲間として認められたような気がしたが、ヨンケルは次に、微笑みながら安妙寺の方を向いた。
「安妙寺さんは……」
ヨンケルは一瞬考え込むと、よりいっそう人懐っこそうな顔で言った。
「では、『ミョー』にしましょう!」
そのとたん、安妙寺は複雑な表情を浮かべた。
「俺は、ミョーですか……」
そう呟くと、引きつった顔で頷いたのだ。
四
伏見の船着き場では、明石博高らが首を長くしてヨンケルを待ち構えていた。京都の市街へは、そこからさらに徒歩か人力車で北上するのだが、入洛のさいには、療病院関係者のささやかな歓迎を受けた。