「はい?」

問い返す社長に、私は慌てて、無事下山したことを伝え、お礼を言った。苦笑いである。私の壮大な夏休みは終わった。初めて手にした大金は、母と分け合った。内訳は覚えていないが、母はとても喜んでくれた。

楽しい大学生活

それからの大学生活は、友人との交流や読書で徐々に充実度を増していった。バイトは週末の短時間しかしなかったが、母が苦労して送金してくれていると思っていたので、とにかく真面目に授業をとろうとカリキュラムを組んだ。必要以上の単位を取り、読書にも励んだ。

地元の図書館にも足繁く通ったが、町に大きな本屋はなく、行きたいときは自転車できつい坂道を漕いで、隣町まで走った。一度その坂道を必死に漕いで上がっているとき、自衛隊のトラックが私を追い越しながら、「がんばれー」と私に声を掛けた。

ちゃんとしたケーキを食べたくなったときも、離れたところにあるシャトレーゼまで自転車を漕いでいった。買いすぎないように五百円玉一つだけを財布に入れて。苦労して買った一個だけのショートケーキはとてもおいしかった。

車もお金もないので山梨や長野の観光名所を回れることはほとんどなく、週末のバイトで貯まったお金は主に東京で使うことが多かった。

自然も好きだが、都会の魅力にも抗えない。特に本好きだった私は、東京の神保町によく通い、何時間でも足を棒にして古本屋を回っていた。

そこは、かねてから憧れていた所だ。神保町には、歴史に特化した本屋もあれば、自然系の古本を主に扱うところもある。東京でなければ出会えない魅力ある街に、私は夢中になった。

他にも東京には、魅力的なお菓子や食べ物が山ほどある。貯めたお金はすぐになくなっていった。山梨も長野も東京も、全部行き尽くすのは時間的にも金銭的にも無理だった。

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