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カトマンザには幾つもの底知れない闇(エニグマティックブラック)があり、舞台袖の暗幕のように重なってさまざまな心象風景(シーン)を内包している。ベイビーフィールについて闇のすき間に入った狢は、不意に目の前に出現した子ども部屋のような空間に唖然とした。
「ここは君の部屋なの?」
ベイビーフィールはじっと狢の口元を見ていたが、すぐにニコッと笑ってうなずいた。その部屋は明るく、ドアもないのに一つの孤立した空間になっていた。鏡のようにピカピカした幾つかの白い家具と白い木馬。ベビーベッドに寝ているのは木彫りの人形(ベイビードール)だ。
「イカす部屋だね」
狢は妙にふわふわした円いスツールに座って、小さなベイビーフィールが小さな小さなベイビードールに世話をやく様子をぼんやり眺めていた。
カトマンザの至る所に闇があり、闇と闇との間には別の空間が存在している、まるで仮想世界みたいだ……
と、狢は突然弾かれたように立ち上がった。ベイビーフィールが驚いて見ていたが、それにはかまわず緑のカンファタブリィの広間に戻った。そして分厚いドアが嵌まっていた土壁を見た。
「あっ」
床に生えていた小さなキノコがピクンとなびいた。
「どうしたの?」
ナンシーは少しだけ眉を上げて狢を見たが、すぐに美しいフォレストグリーンの目を細めた。狢が土壁を指差して言った。
「ドアがなくなっている!」
【前回の記事を読む】「お父さん?」心細くて何度も呼んだ。「すずらん」が土手一面に咲き誇っていた