第一章 新たな訪問者
カトマンザ
狢は少し前、土壁に嵌まった分厚い木のドアから入ってきた。今そのドアは跡形もなく消え、壁には紅茶色の毛におおわれた一対の耳があるだけだ。《入り口は出口ではない》ということが狢にははっきりとわかった。
「ナンシー、出口はどこ?」
それを聞くとナンシーは更に目を細めて言った。
「あなた心配性なのね、狢。大丈夫、そのうちわかるわ」
狢がなおも丸い目で見つめていると、ナンシーは仕方がないというように目を伏せた。
「出口ではないけれど終わりはあるわ」
「終わり? カトマンザの終わり?」
ナンシーが指差した先にあったのは、深く暗い海のように青くたゆたう闇。その青い闇の向こうに目を凝らす狢。
「あれは……森? 森がある?」
カトマンザの闇の奥に広がるカトマンザの森、その森の果てには巨大な石の砦(とりで)があるという。Eスクエアと呼ばれる奥深い森の果ての異空間。そびえ立つ高さ五十メートルの石壁、その肌合いは硬くなめらかだ。
そこにはふさふさと顎(あご)ひげを生やした恰幅(かっぷく)の良い老紳士が一人いて石の砦の番をしているという。老紳士の名はエジンバラ卿(きょう)、黒いシルクハットに燕尾服(えんびふく)、腰の後ろで手を組んで高い石壁に囲まれた孤高の沈黙(しじま)を守っている。
カトマンザの終点Eスクエア。渾然(こんぜん)たる地平に出現するモノクロの冷厳(れいげん)な要塞。エジンバラ卿は一体そこで何を守っているのか。