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いい匂いがしていた。ナンシーがスープを運んできて狢に一皿差し出した。

「いかが? シリアス風よ」

「ありがとう、あれっ?」

いつの間にか狢の前にテーブルがあった。

さっきまでなかったのに。

パールがかった白いテーブルを見つめて不思議そうに首をかしげる狢。

「ヨーラよ」

「ヨーラ?」

「普段はキノコみたいに小さくなっていて、必要な時だけテーブルになるの」

「驚いた~」

「狢を歓迎しているわ」

狢は目を丸くして(もともと丸いのだが)少し照れながら言った。

「よろしくヨーラ」

音でもそぶりでもない何かでヨーラがそれに応えたのがわかった。

二杯もスープをおかわりしたラッキーはハンモックの上にだらりと横たわり、何度もシリアスなゲップをしていた。喋ると気の毒なくらい言葉につまるラッキーだが、どういうわけか歌だけは滑らかだ。おまけにラッキーの歌声ときたらとびきり心地好くて、ほの暗い広間に究極の安らぎをもたらしてくれる。

ラッキーはほぼ一日中カトマンザの天井から(天井のどこかから)ぶら下がっているハンモックの上で「宙吊りの歌」を歌っている。

ちなみにハンモックというのは綿で作った大きな網を空中に吊るした寝床のことだ。

《私たちはベッドよりハンモックの方がよく眠れた》と言ったのはコロンブス、あまり知られていないが彼の大いなる発見の一つでもある。

旅の疲れで使い込んだモップのようにやつれていた狢はナンシーのスープでようやく人心地(たぬ心地)がついたらしい、ぐるりとカトマンザを見渡してふと静まり返った暗闇に目を留めた。

闇の奥にまた闇が?

狢の榛色(はしばみいろ)の丸い目は、しっかりとカプリスの闇をとらえていた。