「グローブに塗る油があるんだ。それを上手に塗るんだよ。それで乾いたら、球をグローブに入れて、紐でしばるの」
「へー、それでどうなるの?」
「馬鹿だな、一晩おくんだよ。それを繰り返して、毎日グローブの手入れをしていたら、こうなるよ」
「じゃあ、大分に帰ったらすぐやるよ」
「俺、オレンジ味のやつがいい」
「買ってくる!」
まあ、こんな感じさ。話が盛り上がり過ぎて、ロビーカーでキャッチボールを始めた僕らは、車掌さんにこっぴどく叱られた。弘田さんが大慌てで、とりなしてくれたっけ。
いくつかの乗り換えをして甲子園に着いたのは、朝八時頃だったと思う。駅を駆け足で通り抜けると、右手にたくさんのお店が並んでいる。
まだ朝というのに、顔を赤くしてビールを飲んでいるおじさんがいる。サインボールを売るお姉さんがいる。僕らと同様に、野球帽をかぶり、座っている子どもがいる。
弘田さんが何かを指さしている。
「坊ちゃん、甲子園ですよ」
黒い外壁に緑のツタが生い茂り、絡まり合っている。「阪神甲子園球場」と大きなプレートがかかっていて、僕と中田君は、その大きさに圧倒されていた。
弘田さんに連れられた僕らは、球場に入る前に一周してみた。僕らは懸命に走ったけれど、なかなか一周できない。
「でっかいな」
「でっかいね」
「俺、横腹が痛くなった」
昨日は寝台列車の中で、ほとんど徹夜だ。荒い息づかいが残ったまま、僕らは球場の中に入った。イカを焼く匂いが鼻を刺し、甘そうなカレーライスの匂いが漂ってくる。
「かち割り、いかがっすかあ」