其の壱
[二]
落ち着きを取り戻して渋谷医師が尋ねたのは、どうしてここを訪ねて来たのかということだった。それは素朴な疑問であると同時に、話の糸口みたいなものだったのだろう。
彼にしてみれば、これが事実であるならば、まず自身に飲みこませる必要があったのだ。それに本当を言うと、腰が抜けて立てなかったのである。
「コレデスヨ先生」
骸骨は左側頭部の色褪せた×マークを白骨の指でコツコツと叩いた。渋谷医師は怪訝な表情を隠せない。
「オ忘レデスカ、一度アノ部屋ヲ訪ネテコラレタジャナイデスカ」
まだ言いたいことが理解出来なかった。
「コレヲ書イタノハ、先生ジャアリマセンカ」
そう言われてハッとした。一瞬のうちに全てを思い出した。彼はあの時、大きな地球儀を抱えて標本室に入った時、記念に骸骨の頭に×マークを印しておいたのだ。
「いや、そうか、それはその‥‥」
渋谷医師はへどもどした。弁明の余地などなかった。何と言って謝罪すればよいのだろう。
だがあたふたと狼狽したのは相手の方だった。
「イヤ、責メテイル訳デハアリマセン、実ハオ願イガアルノデス」
骸骨は身振り手振りで気を引立てようとした。それで各部の骨が軋んだりカシャカシャと乾いた音を立てたりした。
「お願い?」
「ソウデス、オ願イガアルノデス」
渋谷医師は一瞬きょとんとしたが、次いで眉を曇らせた。何やら面倒なことになりそうな気がした。
「僕に出来ることなら‥‥」
「先生ハ希代ノ名医サンダソウデ、ソノ評判ハ標本室ニマデ届イテオリマス。ソレデ思イ切ッテ、コウシテオ訪ネシタ次第ナノデス」
ことばつきが硬いので聞いていて肩が凝りそうだった。
「実ハ、ソノ、コノ身体ヲ人並ミニシテ戴キタイノデス」
まだ言っていることが理解できない。
「人並みに、とはどういうことなのかな、僕にはちょっと見当もつかないけど‥‥」
「デスカラ、普通ノ人間ミタイナ身体ニシテ戴キタイノデス」
「えっ、何のために?」
今度は骸骨の方が眉間を曇らせた。