「私ハ社会ニ出テミタイ。長イ間アノ部屋ニ居テ、モウ飽キ飽キシマシタ、外ヘ出タイノデス」
骸骨の話はこうだった。長年あの小学校で標本として暮らしてきたがもう嫌になった。元々出番などないし、件の流言が出始めてから、こっそりと忍びこもうとする子供もいなくなった。
考えてみれば学校の中ばかり歩き回っていても仕方がない。グローバル化の進む現代社会で、標本として納屋みたいな所に燻っているのは不当である。自分もこうして社会に存在しているのであるから、広く世界を知り見識を広めなければならないと考えた。それで思い切って出てきたのだと、口角泡を飛ばす勢いでまくし立てたのである。
渋谷医師はなかなか見上げた標本であると感心した。だが次いで口を突いて出たのは甚だ常識的なことばだった。
「でも君、勝手に出てきて不味くはないのかね?」
「心配ニハ及ビマセン」
骸骨はちょっと肩を竦めた。
「誰モアソコヘ来マセンシ、ソレニ小生ハ‥‥カツテ一度トシテ教材ニ使ワレタコトガナイノデス」
その時渋谷医師はあることに気がついた。
「ありゃ、するとその昔あの子を脅かしたのは君だったんだな」
彼が言っているのは、二十年前幽霊を見たといって長期欠席した女の子のことだ。骸骨は何を今更と言わんばかりの呆れ顔になったが、次いで居住まいを正した。
「アノ子ニハ気ノ毒ナコトヲシマシタ。授業中‥‥ツイ抜ケ出シタ処ヲ見カッテシマッテ」
骸骨は愁い顔になった、というか表面に翳りが見られた。
「ソレデ夜ニナルノヲ待ッテ‥‥コッソリオ詫ビニ出向イタノデスガ」
自責の念に駆られるのか、そこで重い溜め息をついた。
「却ッテ逆効果ダッタ‥‥ミタイデスネエ」
そう言うと肩を落として遠くの方を見つめた。
再び沈黙が訪れた。二人はお互いにあらぬ方を見つめ、各々の感慨に耽っているらしかった。カチコチと音を立てて秒針が進み、壁の時計が二時半を打った。渋谷医師は胸ポケットを探ると煙草を一本抜き出した。だが口にくわえたまま火を点けるのも忘れていた。
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