必ずと返事した保にシェシャルクはポケットから紙片を出し細い鉛筆で住所をかいて渡し
「空で覚えて下さい。ソ連兵は書いたもの一切を取上げるだろうから。さあ之でお別れだ。私は見送らない。手紙出すの忘れないで下さい。幸福に」。
シェシャルクは木のバケツを取上げ夕闇の中を医務室へ帰って行った。
翌日今迄ベッドにねていた病人も皆起出し、朝食もろくにせず身の廻りを整頓し炊事場のペーチカへは不要品が次から次へと投げ込まれた。保は起きられぬ背椎カリエス患者へ配られた水色の独乙軍服の双頭の鷲章を取り外してやっていた。
中には帽子は独乙、上衣は日本、ズボンは独乙、靴は独乙、山岳部隊のスキー靴が与えられ思案にくれる者も居た。とブルンクが病室には高すぎる背をかがめて、ぬうっと入って来ていきなり保に抱きついた。
「保、ゼーアシェン。今度は独乙で會いましょう。嬉しいでしょう。ブルンクは此処からあなたの幸福を祈ってますよ」
「ダンケ、ドクター、又会う日まで」。
保は強くブルンクの手を握りかえした。ブルンクも見送りには来ないのであろう。十八、十九両日に分れ帰国者はいそいそとソ連兵のよみあげるカード順にトラックに乗り込み、再び帰らぬ門から勢よく走り出ていった。
1)サンダルの様な履き物