【前回の記事を読む】1941年12月8日、日米開戦――だが「日本は必ず負ける」と父たちは確信していた私の脳裏には昭和十三年(1938年)、宇都宮高農(高等農林学校)における、芦田均氏の講演が焼き付いていた。「明治維新以来日本は、世界の強国になりました。一部の無知な者たちは、日本が独力で強力になった、と思い込んで、支那事変を拡大しています。これは正に、日本の存亡に関係する重大事であります。日本は、…
シベリアの記事一覧
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人生論『モンゴルと歴史の旅』【第2回】清水 勝,清水 二郎
銃もヘルメットも「10数人に1個」しかなかった日本軍…それでも終戦直前、1日30km歩いて500km先の国境へ向かえと命じられ…
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エッセイ『モンゴルと歴史の旅』【新連載】清水 勝,清水 二郎
1941年12月8日、日米開戦――だが「日本は必ず負ける」と父たちは確信していた
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エッセイ『遠涯』【最終回】矢田 重吉
帰れる嬉しさに、少女は怒られても澄まし顔。仕事は全くせず乾パンを食べ散らし、写真を見せて喜んでいる。
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エッセイ『遠涯』【第10回】矢田 重吉
帰国者を乗せたトラックはカラカンダ街道を二年前とは逆の駅へと動き出した
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エッセイ『遠涯』【第9回】矢田 重吉
ある日突然捕虜帰還の知らせ。知る者、知らぬ者の名前が次々と呼ばれていき…
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エッセイ『遠涯』【第8回】矢田 重吉
G・P・Uの狙いはなに?入院生活は平和に過ぎていき…
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エッセイ『遠涯』【第7回】矢田 重吉
第二関節まで毒が廻っていた凍傷患者。無理に説き伏せて第二関節も切り落とすことに…
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エッセイ『遠涯』【第6回】矢田 重吉
一体誰が?自分をGPUに密告した人物は…。沢山の眼が見張っているような気がした。
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エッセイ『遠涯』【第5回】矢田 重吉
ソ連将校に「炭坑へ行かせる」と言われ、ロシア語が分からないふりをするが…。
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エッセイ『遠涯』【第4回】矢田 重吉
19歳の魅惑の看護婦が転勤してきたことにより、周りは皆、色めき立ったものの…。
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エッセイ『遠涯』【第3回】矢田 重吉
怒鳴ることもあるけれど…曲がった人差指を際立たせて頭をかく彼のかっこうに思わず苦笑
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エッセイ『遠涯』【第2回】矢田 重吉
誠実さのみが拠り所…収容所の医務室助手を務めた日本人捕虜の日常
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エッセイ『遠涯』【新連載】矢田 重吉
捕虜養療所にて。誕生日、ドイツ人捕虜の友人がプレゼントを…