なんと実力テストから一週間後、成績の悪い順番に、結果が廊下に貼り出されていた。予想はしていたけど俺の順位はクラスでビリ、学年で後ろから二番目だった。もともと当たりが強かった担任が、露骨に嫌味を言うようになった。担任の女教師は、自分の担当科目の現代国語の授業中、
「はい、ここ坂本読んでみて」
と何度も指名した。それも授業を聞いていないときに限ってだ。意識すればするほど、語尾がひっくり返って、声が高くなる。いきなり当てられるとアガるのだ。
これは母さん以外の人と、あまり接してこなかったためだろう。しどろもどろになると、あざ笑うように言う。
「中学で習ったレベルだよ。なんで読めないの?」
ほとんどいじめだな、この学校は担任からしていじめをするんだな。日を追うごとに俺の心は、学校に回れ右してどんどん暗くなった。
俺が高校に通えているのは、母さんが一日中足を棒にして歩き、一般のお宅に飛び込みで営業して、一軒一軒頭を下げてガス器具を売り歩いてくれるおかげだ。
だから、明日こそ明日こそと思い、いいことを探しに学校へ行くんだ。(そうだ、部活に入れば楽しくなるかもしれない)
二週間目で気がついて、職員室の壁に貼り出された部活の紹介を見にいった。俺の学校には、文化系、体育会系合わせて二十近くの部活動があった。でも、待てよ、スポーツはダメだな。はっきりいって俺は鈍くさい。文化系美術は得意とはいえない。DIYにも、あまり興味が湧かない。文芸、演劇、放送、とんでもないって感じ。
生まれてから十五年、なにかを一生懸命やったり成し遂げたりした経験がないことに、ふと気がついた。なんか必死にやるのってダサいじゃん。というわけで、部活にも入らず、授業に出てもなるべく気配を消して、かといって寝ているわけでもなく、ひたすらおとなしくして、四月は過ぎていった。
一日一日は長いのに、あっという間にゴールデンウィークだ。連休は俺にとって、学校へ行くより憂うつなんだ。
母さんは接客応対の仕事なので、世間が休みの日の連休は書き入れ時だ。朝昼のご飯がないのはわが家では当たり前、日中お客が立て込んだ日には夕飯のことも頭にないみたいで、仕事のあと手ぶらで帰ってきて、俺がコンビニに行くなんてしょっちゅうだ。
四歳頃から父さんの記憶は消えている。