4  A

参(まゐ)りての夜夜(よるよる)、さらにまどろまれず、したりがほなるあいな頼みだにすべうもあらず、いみじう慎ましうて、夜深くなりて罷(まか)づ。

 

◆有明の いみじう凍(い)つる 月影の 袖に映れる げに濡るる顔(かほ)

 

【現代語訳】

祐子(ゆうし)内親王様の元に出仕しての毎夜、一向にうとうととすることもできず、また分相応でない望みを得意顔で抱くことさえもできません。ひどく気後れと遠慮がしてしまいまして、夜もすっかり更けてから退出しました。

◆明け方に目が覚めて、ひどく凍てつく月に照らされた私の姿、その袖に映っているのは、本当になるほどと、私の涙顔が古歌にある通りだったことです。

 

【参考】

・前項に続く、宮仕えでの本書作者の創作、平安時代の思い出。

・参る~謙譲の本動詞。貴い身分のお方の元に参上する、参内する、出仕申し上げる、お仕えする。反対語は、この詞書きの謙譲の本動詞「罷づ」で、退出申し上げる、おいとまする、となる。

・あいな頼み~当てにならない望み。分に過ぎた期待。

・あいな頼みだにすべうもあらず~副助詞「だに」は、程度の軽いものを挙げて言外に更に重い内容がある事を想起させて、「こんな軽い…でさえも~だ、ましてそれより重い…などは~だ」等の意味を表す。多くは打消しの語を伴う。この場合は、「自分の内面で、宮仕えが上手くいってほしいという不釣り合いな淡い期待をする事さえ叶わない、まして、上のお方から重用されて充実した宮仕えになる事など到底叶わない」という気持ちがある。対して、平安時代の「さへ」は、「…までも~する」という添加の意味で、古今異義語の一つ。

・すべうもあらず~「すべくもあらず」のウ音便。可能否定の助動詞「べし」で、「…できそうにもない」の意味。直訳すれば、「する事ができる事はある事などない」となり、平安時代には、現今では回りくどいと感じる言い方が普通だった。

◆映れる~四段動詞「映る」の已然形「映れ」+完了の助動詞「り」の連体形「る」。この「り」は、四段動詞の已然形とサ変動詞の未然形にのみ、つまりエ段音だけに付く。これ以外の動詞には使えない。

◆げに~副詞で、前述の会話や文の内容や古歌、故事成語などの引用に対して、深くうなづき強く肯定する様子。この場合の古歌とは、本歌取りの『古今和歌集』巻十五「あひにあひて物思ふころのわが袖に宿る月さへ濡るる顔なる」のこと。

【前回の記事を読む】香炉峰はきっとこのようなのだ…。雪が一晩舞い散った元旦にみた景色。