初めに

和歌が織りなす平安時代、雅の世界へようこそ。

雅とは、平安時代の貴族社会において、お互いに和歌を通じてやり取りする際の、落ち着いた品のある、或いは逆に、激しく熱烈な思いや振る舞いなどを示す美的理念です。

今のあなたが手にしているのは、現今のこれまでの和歌集や短歌集の中でも国内文学史上初の試みと思われる画期的な書です。

それは、平安時代のかな言葉で和歌を創作したばかりでなく、更にそれらの和歌ができるに至ったいきさつや背景までも、これまた平安時代のかな言葉で綴ってあるからです。

和歌文学や女流かな文学といえば、平安時代が代表的で、和泉式部日記や伊勢物語、紫式部日記、更級日記のような作品が有名です。

本書の特色は、これら平安時代の作品を鑑賞し、「自分が平安時代の世に生きたのであれば、かな言葉で、こんな風に作歌して、更にかな言葉で、その歌についてこんな風に綴ったであろう」と、この現代の世に平安時代のような女流文学作品?を新たに創作した事です。

中には、「自分が更級日記や和泉式部日記、紫式部日記の作者だったとしたら、当時の作品ではこんな風に平安時代のかな言葉で作歌したであろう」と実在人物に成り代わっての創作もしてみました。これもまた、国内文学史上においては初の試みではないでしょうか。

以下に、本書の特色をまとめます。

◆第一の特色は、「詞(ことば)書き」を創作和歌にかなりの分量で付した事です。詞書きとは、和歌の初めに、詠んだ趣意を記した説明書きで、題詞や序とも言います。

私は足掛け七年の古典学習を通して、次のような考えを持つに至りました。それは、和歌に加えて、必ず詞書きを付す事です。その和歌が成立するに至った事情や背景を共に記す事で、和歌は作者の意図や心情をありのままに飾りなく、生き生きと伝える一つの作品になる、という文学観です。具体例では、紀貫之が以下に作歌している通りです。

志賀の山ごえにて、石井(ゐ)のもとにて物いひける人の別れけるをりによめる、

「むすぶ手のしづくににごる山の井(ゐ)のあかでも人に別れぬるかな」

(『古今和歌集』巻八・離別歌)【この歌の詳細については、文月の章、④を参照】

別れの歌を詠むに至った場所と時、いきさつが短く記されています。最初の文章があるのとないのとでは、読み手の理解や感動はかなり異なるでしょう。平安時代の作品以外の八代集でも、和歌のみが書かれているというより、詞書きが多くの作品に備わっています。