白鳥さんが何でもない顔をして戻ってきた。

「この間仕事で岐阜に行ったんだけど、これ、お土産ね」

箱を開けてみると六角の筒型の陶器が現われた。

「鳴き徳利?」

お酒を入れてお猪口に注ぐと、小鳥のさえずりが聞こえるという仕組みらしい。鳴き徳利に黒糖焼酎を入れる。

「クラシック音楽を聴かせて醸したお酒だからねえ。さて、さて、どんなさえずりが聞こえますことやら」

白鳥さんが口上を語ったので、月子は白鳥さんのお猪口に焼酎を注いだ。いつもはビールで乾杯だが、何か改まった雰囲気になって、ふたりの間に静寂が訪れる。心の内側がこそばがゆくなって、口元がゆるむ。ぴよぴよ、ぴーと笛吹きケトルのお湯が沸騰した時のような音がした。

「本当に鳴きましたね」

「メルヘンですねえ」

「あれ、ひゅうぉって、あとから鳴りませんでしたか。ぴよぴよ、ぴーのあとに、ひゅうぉって」

今度は、白鳥さんが月子のお猪口に注いだ。ぴよぴよ、ぴ~。ひゅうぉ。

「確かに聞こえますね。最後のひゅうぉが、オマケみたい」

「オマケかあ。いいなあ」

間の抜けた音につられて、つい杯が進み、二人を酔わせた。黒糖のほのかな香りが月子の鼻腔をくすぐり、焼酎が苦手だったことも忘れていた。

飲んでは食べて、食べては飲む。ダイニングから見える空は、水色と橙色のグラデーションから少しずつ紺藍色に変わっていく。時間は風が砂を削るように過ぎていく。ゆっくりと、そして確実に。

「そろそろ帰ります。バスの時間が七時四五分なんです」