白鳥さんは立ち上がって、
「じゃあ、鳴き徳利洗うから持って帰って」
「酔っ払って落っことしそう。次にしますね」
「そうだね。ちゃんと洗って置いておきます」
バス停まで送ってくれるという。外は知らぬ間ににわか雨が降って、そしてやんでいた。道に出ると、暗い通りを湿った夜の気配が横切っていった。
それは見えない川のようだった。何かを孕み満ち満ちた空気が道をゆく。蝶の死、ミミズの死、鳥の死、樹の剥がれた皮の死。死の吐息、死体から放出されるせんせんと流れる有機体のガス体。鼻孔からそれらを含んだ空気が体に取り込まれる。夜の気配は、精気をみなぎらせて青葉台の闇へと消えていった。
しばらく歩くと小高くなった空き地があり、すっくと伸ばした細い茎の先に菊のような形をした小さな花をつけた草が群生している。
道路の脇のわずかな幅の歩道のアスファルトの隙間にも、歩道横の草に覆われた土手にも咲いていた。膝上あたりにゆらゆらと風もないのに揺れている。
「ヒメジョオンでしたっけ」
「ハルジオンかもしれないね」
「ヒメジョオンとハルジオン、同じ白い小さな花、区別がつかない」
街灯が白い光を揺らしていた。バス道に出ると、道路と歩道に段差があり、歩道は随分狭い。互いの肩を触れ合わせながら歩く。指が触れ合いそうになる。
少しでも距離を取ろうとすると、生垣の間から伸びた草やハルジオンが肌に当たってくすぐったい。もうバス停だ。時計と時刻表を見比べる。
「早く着き過ぎたみたいです」