一章       自由への道

一九七八年十二月二十二日二十二時三十分　

＊

バスターミナルのチャイ屋を出てから一時間ぐらい歩いてきた。そろそろシバナンダアシュラムが見えてこないとおかしい……。僕はポケットから書き留めた地図を取り出した。

さっきまでは道の両側に、平屋の民家やヒンドゥー教の寺院が幾つかあったが、今は人はもちろん、街中で多く見かけた痩せた白い牛や、野良犬さえもいない。

道の左側には小高い山が連なり、右手には広い河原の向こうにガンジス川が流れている。

不安を覚えながら、さらに五分ほど歩くと、前方に白い建造物らしきものが見えてきた。

きっとあそこがシバナンダアシュラムなのだろう。

僕は立ち止まり、今来た道を振り返る。

いきなり視界が広がり、リシケシの街に続く風景が目に飛び込んできた。そこには、目に見えないが、インドの大地が持っている圧倒的な存在感があった。

僕は前を向くと、ずっしりと肩にくい込んでいるバックパックを背負い直し、建物を目指してまた歩き出した。

一階の入口と思われるドアには、銀のプレートが貼られていた。上段に「TRUST」、下段に「SIVANANDA ASHRAM RECEPTION ROOM」と文字が彫られている。

プレートの文字を見ながら迷っていた。ここがシバナンダアシュラムの受付のはずだが、正面から見るかぎり窓のない建物からは人の気配が感じられない。少しの間躊躇っていたが、木のドアを二度ノックしてみた。

「Come in」

思いがけず、部屋の中から声が返ってきた。

ドアを開けると、左側にある大きな窓から眩しいほどの陽の光が室内に差し込んでいる。

窓際のデスクにいる口髭と顎髭を生やした男性が椅子に腰かけ、何かの書類に目を通していた。

僕が部屋に入るのを確認すると、彼は細い銀縁の眼鏡を外し、ゆっくり立ち上がって、歩み寄ってきた。

男性は僕の目をじっと見つめて、「Please sit down」と言い、応接用と思われる椅子に視線を向けた。

「日本から来たKYOHEI　TAMURAです」

僕はその場で自己紹介をした。緊張で心なしか声がかすれている。

「Sit down please」

男性は腹に響く野太い声で言った。

僕は言われるままに肘かけ椅子に座った。テーブルを挟んで座った男性は、相手を威圧するような鋭い眼光の持ち主だった。

「一ヶ月前に手紙を送ったのですが、読んでもらえましたか？」

僕はここに来るまでに、最初に言おうと思っていた言葉を口にした。彼は無言で頷くと、背中まで伸ばした髪を束ねている紐を結び直した。その硬い表情からは、異国から尋ねて来た人間に対する思いやりは感じられなかった。

「ここでヨガを学ばせてもらえますか？」