男性は腕を組み、目を閉じて何も答えない。僕は想像もしなかった相手の対応に戸惑っていた。
ふと壁に掛かっている時計を見ると、秒針が音を立てて刻(とき)をきざんでいる。
彼は相変わらず腕を組んで何も言わず、目を瞑っている。
沈黙の時間だけが流れていった。
僕はもうこれ以上、この重圧に耐えられそうになかった。思わず腰を浮かせ、椅子から立ち上がりそうになったその時、男性はおもむろに目を開け「No Problem」と、一言だけ言った。
意外な答えだった。
僕は男の気が変わらないうちに違う質問をした。
「授業料はいくらでしょうか?」
「それは神様がお決めになることだ」
「えっ? 神様がお決めになる……??」
言葉の意味が分からず唖然としていると、彼は突然大きな声を上げて笑い出し、今までとは全く違う口調で、
「ハハハハ、悪かった。君があまりにも緊張してたどたどしく英語を話すから、ちょっとからかってみたのさ」
と言った。その声は優しく親しみが込められていた。
「恭平、手紙はちゃんと届いているよ。日本からの手紙は珍しいので、どんな人が来るのか楽しみにしていたんだ。私はヨガ教師のウィットラム。よろしく」
ウィットラムは立ち上がると、握手を求めてきた。僕も立ち上がり右手を差し出した。彼の手はしなやかで柔らかな感触だった。
「授業料はいくらでしょうか?」
椅子に座り直し、同じ質問をした。まだからかわれているのではないかという気持ちが心のどこかにあった。
「心配しなくても大丈夫だよ。シバナンダのお考えで授業料はいらないんだ。それより私から聞いてもいいかな?」
ウィットラムは僕の気持ちを察したのか、相手の心を全て包み込むような笑みを浮かべている。
「確か手紙にはヨガを学ぶのは初めてと書いてあったけど」僕は黙って頷いた。
「そうか……分かった。ヨガのカリキュラムの説明を少ししよう」
ウィットラムは表情を改めると、ヨガ教師の顔になって話し始めた。