電車の走る場所
(走っている電車を見てると、何か黒いものがゆらめいているのが見える……)
大学生の原田は、高架の上を走り過ぎていく車両を見送った後、手で目をこすった。
多くの人が通り過ぎていく都会の街中で、ひとり道に立つ原田は、再び電車が通るであろう高架の上を見つめた。はたして、電車が通ると、やはり車両のところに何か黒い筋のようなものがゆらめいていた。
(あれは何だろう)
原田は初めて見るものだった。
(別に鉄道マニアじゃないから、今までそんなに電車を見てなかったけど……)
自分の目に映るものが何なのかわからず、彼はジッと高架の上を見つめていた。と、その時ふいに背中を叩かれた。
「遅くなってゴメン!」
カノジョの奈美だった。奈美は原田の腕に自分の腕を回すと、笑いかけながら言った。
「熱心になんか見てたけど、まさか女の子でも物色してたんじゃないでしょうね」
「まさか。奈美とデートの日に他の女の子なんて」
「なら、いいけど。それじゃあ一体なにを熱心に見てたわけ?」
「ああ、それは……」
原田は電車の黒い影について話そうとしたが、あまりに根拠のない話だったので瞬間言葉を呑み込んだ。
「どうしたの?」
「あ、電車を見てたんだ。電車が走っていくところ」
「はぁ? マジで? 原田くんテッちゃんなワケ?」
「いや、そういうワケじゃないけど……まあ、いいじゃん……そんなことはさ。それじゃ、魚でも見にいくか」
「あたしとしては、アシカやペンギンがメインですけど」
「はいはい、とにかく水族館に急ぎましょう」
原田は奈美の手を取り電車の走る高架下を通って水族館へと向かった。車両に浮かぶ黒い影が気になっていた原田には、高架下に響き渡る車輪の音が、彼の耳についてくるように感じた。
この日を境に、原田は走っている電車に目がいくようになった。走る車両に浮かぶ黒くゆらめくものが気になっていたのだ。