(電車が止まっている時には見えない。電車がゆっくり走っている時にも見えない。自分が乗っている時には、当然かもしれないが、その電車には何も見えないし何も起こらない)

彼が黒くゆらめくものを見るのは、ある程度の速度で走っている電車を見る時だった。大学近くの高架、アパートからの通り道の高架、合コンの店に行く時に見る高架、あらゆるところで原田は走る電車を見て、黒くゆらめく何かを見ていた。

何度見てもわからないモノについて苛立ちを覚えたある日、彼は、黒く見えるものについて思い切って友人に聞いてみた。

「なあ、走っている電車に、なんか黒いモヤのような、ゆらゆらっとしたものが見えることってないか?」

「なんだ、それ? 言ってること意味不明なんですけど。あっ、もしかして、おまえ霊が見えるとかって言うんじゃないだろうな?」

「そんなワケないじゃん」

「だよなぁ。それじゃ、なんだよ、その電車の振りは? 今度の合コンで女子の気を引きたかったら、そんな話じゃ引かれるぞ」

結局、友達には笑われて終わった。

(あいつらに聞いたのが悪かった。俺同様、日常生活でそんなに電車に興味にないヤツに聞いてもダメだよな。もしかしたら鉄道マニアの間では有名な話かもしれない)

そう思った原田は、今までほとんどしゃべったことのない鉄道研究会の男子に聞いてみることにした。学食で旅行雑誌を見ていた鉄道男子は、原田の方に目をやると眉間にシワを寄せて口を開いた。

「鉄道に関することしか答えられないよ」

「もちろん、そのつもり」

原田はそう言うと、不機嫌に自分に向けられる目を見て言った。

「ある一定の速度で走っている電車に、黒い煙のようなものが見えることってある?」

この問いに、旅行雑誌に付箋を貼りながら鉄道男子が言った。

「なにそれ? 車両事故の話?」

この言葉に原田は首を横に振って返答する。

「いや、そうじゃなくて、走っている電車の車体の辺りに、ゆらゆらと黒い煙のようなものが見えるんだけど、それって鉄道好きの間では知られた話だったりするのかなって思って……それで、鉄道に詳しいキミに聞けば何かわかるかもしれないって」

この話に鉄道男子が質問を返す。

「それが見えるのって、どこの路線とか決まってるの?」