第二章 怒れる上司と見守るアシスタント

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女性同士のトラブルが終わった後は平穏な日々が続いた。晴れの日は屋上のベンチに寝転がって雲が流れていくのを見ながらうとうとしていた。一番の至福の時間だ。

仲間はずれにされているわけではない。誰にも邪魔されず、一人の時間を楽しめる。本来、一人遊びが好きなんだろう。

ひと月近くたった頃、ベンチの隣から営業課長の部下いじめの話が聞こえてきた。よくあるのは、業績の上がらない部下をネチネチといたぶったり、部下のミスを必要以上に責め立てるパターン。

セールスエンジニアにもノルマはあるが、セールスほど厳しくはない。あくまで技術サポートが本業だから、売り上げが伸びたとしてもセールスの業績にカウントされる。

サッカーで例えるならゴールアシストのようなものだ。売り込みのアシストがどれだけあったかで評価される。例外的には単独セールスで売り込みに成功して、売り上げ実績の評価点をもらうこともある。どちらにしても、セールスからすれば気楽な立場に見えているだろう。

今回、標的にされているのは、俺とペアを組んでいる山沖達也という男だ。

営業二課に所属する小太りで、口べたな二十五歳、独身。対する課長は時代劇に出てくるような名前の田所新三郎、五十二歳の妻子持ち。名前のイメージとは違って、やせていて小柄で声が甲高い。

変声期を忘れてきたのかと思わせる声が、時たまフロアーに響いている。かっぷくの良い部下と得意先を回ると、よく立場逆転に取り扱われて腹を立てて帰ってくる。多額の家のローンと教育ローンに縛られて、ローンレンジャーと部下から呼ばれている。

探りを入れて分かってきたのは、山沖の発注ミスから派生してきている問題らしいということだった。

【前回の記事を読む】「何? やだ、告白でもする気なの。悪いけど私、年下にはあまり興味ないわよ」