第一章 透視男誕生

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翌日から笹原の憑き物を追いかけたが、ぼろの十二単と九尾の狐しか現れない。思い切って笹原を酒に誘うことにした。最初は怪げんな顔をしていたが、年下の甘えた風を見せて連れ出した。場所は会社近くの居酒屋。中に入ると、掘り座卓に向かい合って座った。

「松岡君、珍しいわね。女性に興味がなさそうなあなたが誘うなんて。しかも、モテモテの竹村じゃなくて、わざわざ私を誘うなんてね。何か変なこと考えてたりしていない?」

「い、いや、別に、変なことなんて……」

(勘弁してくれよ。俺はボランティアなんだって)

下を向いてつぶやいた。

「そう、まあ、別に、変なことになってもいいけどね」

笹原は意味ありげな布石を打ってくる。さりげなくテーブルの下から組み手を向けてみた。笹原の背後には化粧をしてウィンクしている女狐がいる。

(危ねえ、深酒厳禁だ!)

心の中で自分に言い聞かせた。店員がおしぼりとつきだしを持ってきたので、生ジョッキ大二杯と適当につまみを頼んで追い返した。ことは迅速に終わらせて引き揚げないと、女狐が動き出す。油揚げはなかったので、代わりに厚揚げを頼むのは忘れないでおいた。

「実は、笹原さん。今日お誘いしたのは、気になっていたことがありまして、思いきってお誘いしたんです。会社ではちょっと言えなくて」

真面目ぶって笹原の方を見た。

「何? やだ、告白でもする気なの。悪いけど私、年下にはあまり興味ないわよ」

おしぼりを手にこすりつけて無造作にテーブルの上に置く笹原が目に入った。

「いえ、告白ではなくて、笹原さんの魅力について感じていることをお伝えしようと思って」 

笹原の顔を見すえて言い終わると、笹原は少し照れている。三十歳の表情でなくて少女っぽいはにかみに見えた。

「松岡、人の顔を見つめて、何言い出すのかと思ったら……。私の魅力?」

笹原は俺の視線をかわして、俺の顔の前で八の字に視線を動かしている。両手はテーブルの上で組まれていた。

「はい、笹原さんの魅力です。僕は遠目でいつも見てて思っていたんですよ。笹原さんて身のこなしがイケてると。それに、話し方にもどことなく優雅さを感じたりして」

(お姫様の特徴と言えばこれくらいしか思い浮かばないぞ。憑き物、反応しろ!)

「何言いだすのかと思ったら、松岡君。あなたも見てるところはちゃんと見てるわね。若さだけで勝負していても、すぐにだめになっちゃうのよ。持って生まれた品性が最後にはものを言うのよね。それにしても、悲しいのはうちの男性社員どもよ。若い娘ばかりに目移りしてて。松岡君みたいに見る目がないから。ホホホホ……」

目を細めながら口に手を当て笑い出した笹原に組み手を向けた。お姫様の登場だ。笹原の憑き物のレパートリーにきらびやかな着物姿のお姫様がいた。当分はこのまま居座るだろう。任務完了――。