「熊吉はなぜここに来たのだ?」

「頭領様に報告した帰りでごぜぇますだ」

「弾左衛門か?」

「へぇ」

何の報告だ?と聞こうとしてやめた。

熊吉との関係はゆきずりに過ぎぬからだ。

「足の指を痛めたんで、暫く休ませてもらおうと昔馴染みでおいてもらってますだ」

「どれ、見せてみよ」

ひょいと熊吉の足を手に取った源五郎に、熊吉も善右衛門も驚いた。

まさか若殿が非人の足を気にかけるどころか、汚い足を自ら手に取り診てくれようとは……。

熊吉の右足小指は、爪の周りが赤く腫れ上がっていて膿胞が生じている。

今で言うところの「瘭疽(ひょうそ)」であったようだ。

源五郎は小刀で患部を切開し排膿して、練薬を塗って手当した。

善右衛門は驚き、

「源五郎様……お若いのにそのような……お見事な……」

「手当の術は、この乱世どこで役に立つか分からぬ故、田代三喜という医者の仕様を見て覚えておったのだ」

「その練薬は常日頃から持ち歩いておるのですか?」

「いつ家を飛び出してもいいように、常に持ち歩いているのよ」

冗談とも本気とも取れるような事を笑いながら言った。

世上で人として扱ってもらえぬ悲しい身の上の二人は、この一件で源五郎に惚れ込んでしまったものだ。

「先日、まゆが西国から来たと言っていたが、なぜ西国からこの武州に来る事になった?」

「もともと我ら穢多は東国にはおりませなんだ……」

権力者に対する恐れや謙遜、謙譲に溢れた善右衛門の話を要約すると……。

東国の武将達は戦に不可欠な武具や馬具に使用する革を、西国から時と金をかけ取り寄せていたが、思うに任せぬ入手量であったり嵩む費用と時間を何とかしたいとの思いから、弾左衛門を通じて、自らの領地へ穢多を呼び寄せたというのだ。

「祖父の代よりと、まゆは申しておったが」

「はい、我々は太田道灌様の御依頼があったと聞いております」

「道灌公が……」

改めて偉大な曾祖父の先見性に目を見張る思いだった。

「その後、他のお偉い方々もそれに倣い、西国より穢多を呼び寄せましたのでございます。それで、それぞれの御領主様の領地に穢多村ができる事となりました」