「結婚なんてタイミングよ。いろんなことがすべて整ってから結婚したいと思っているのでしょうけど、それで結婚したからって上手くいくとは限らないわよ。結婚しようと思ったら、他のことはどうでもよくなるわよ」

友人の真理子が言っていたっけ。真理子は学生時代にお見合いして、卒業と同時にさっさと結婚した。すでに子どもも二人いる。結構幸せに暮らしているようだ。

仕事をしたかった美紀は、卒業と同時に結婚するなんて考えられなかった。まずは仕事をして、お金を貯めて、好きなことをして、ある程度満喫したら結婚してもいいかなと思っているうちに、三十路になってしまった。

美紀は人並み以上の容姿とスタイルであるのでいつでも結婚できると思っていたが、どうやらそうでもなさそうである。早々結婚した真理子は美人でもなく、キャリアも積んでない。やはり、タイミングなのかな。      

美紀は、現在、半年前に仕事で知り合った三十八歳のバツイチの男性と付き合っている。落ち着いたところが好きなので結婚してもいいのだが、一方では、本当にいいのかと思う自分がいる。この年になって、ときめくような恋愛なんてないのかもしれないとも思うのだが、ちょっぴりさみしくもある。

玄関の鍵をバッグから取り出し、ドアを開けて中に入る。日中締め切ってあった室内は、空気がよどんでいる。早速窓を開け、外気を部屋に入れる。今日は彼が帰りに寄ることになっているので、夕食の支度に取りかかる。

駅前で買ってきた食材を使って、手際良く料理をする。ワインがあるから、カルパッチョとサラダ、それに牛肉のたたきにナスの煮びたし。そうそう、浅漬けも酒の肴になるわよね。

料理が得意というわけではないが、自炊歴が長いので大抵のものは作れる。独身の女性でも外食で済ませている人もいるが、美紀は結構倹約家であるので、たまに外食するが、ほとんど自炊をしてきた。

六時半にはすっかり準備が整った。彼が来るまでまだ一時間くらいあるので、部屋を少し片付けることにする。これまでも特に汚かったというわけではないが、彼氏ができて時々我が家に来るようになってからは、以前よりは室内をきれいにするようになった。よりきれいにすることで、気持ちも明るくすがすがしくなる気がした。

彼の名前は、伊丹健一。商社に勤めているため帰りは遅く、年に数回は海外出張もある超多忙なビジネスマンだ。そのため、そうしょっちゅう会えるというわけではないが、仕事を持つ美紀にとってはこの距離感がちょうどいいのかもしれなかった。