第一章 阿梅という少女
十一
なんと、大坂の町屋に火をかけるよう命じたのは、秀頼さまだった。噂は真実のことだという。
「公方さまが京に到着されたとき、町の人々から大変に喜ばれたそうだ。これで焼き討ちの心配がなくなって、安心して暮らせる、と」
町の人々にとって正直なところ、普段の暮らしができるのなら、豊臣であろうと徳川であろうとどちらでもよいのだ。
「古手屋はその話を広めて歩いているんですね。なんでも落城前に大坂城に火をつけたのは、東軍に寝返ろうとした西軍の武将たちだったそうですね。火をつけた者はその場で取り押さえられて、城の上から投げ落とされて殺されたとか」
「堺や大坂の町を焼き尽くして乱暴狼藉を働いたのは、西軍の手先で働いた牢人どもだった。家人が逃げて空になった町屋に家族ともども住み着いたりしてな」
十二
暦の上では春だが、奥州白石の朝は空気がキーンと響くほどに凍てつく。それでも心持ち柔らかみを帯びてきた陽を浴びて、蔵王連峰が白銀を掘り上げたように輝いている。
わたくしは阿梅を誘って庭に出た。蕗の薹を摘んで味噌と少量の油で作る一品は、ばっけ味噌とよばれるこの季節のご馳走なのである。
「阿梅、見て、見て! なんと一輪、梅が咲いた!」
老木の枝先に、小さな蝶が羽根を休めているようだった。
口元できゅっと微笑んで、阿梅が跳んできた。じっと花を見つめていた目をわたしに移して、恥じらうように微笑んだ。
「この季節、そなたが生まれた九度山は、ここよりも暖かいのだろうね」
「いいえ、やはり寒いところでした」
「そなたは、なんといい時節に生まれたことよ。身が引き締まるこの寒さ。なんとあの一輪の健気なこと。梅と名付けた父御のお心が、分かるような気がする」
もう父親の話を避けて通ることはすまい、とわたくしは思った。
「大八君も元気に暮らしているそうです。会えなくて辛いけれど、時がくるまでじっと我慢しましょう。何としても、大八君を守り通さなければなりません」
阿梅は光る目でじっとわたくしを見つめて、「ありがとう存じます」と深く腰を折った。重綱さまの話では、左衛門佐どののお子がもう二人、男子と女子がある場所でひそかに匿われているという。
「あっ、男子もでございますか? 助かっているのですね」
「母御は落城のときは身重だったそうだ。大坂の陣の後で生まれたお子は男子だそうだ」
「なんと……」
「……それがな、その母御だが……三好中納言さまの娘御だそうだ」