今日は、大阪出身のゆうすけさんと小学校風居酒屋に来ていた。通された個室は保健室で、壁には白衣がかかっている。この街に飲食店は掃いて捨てるほどあったが、ここ以上にカオスな場所を他に知らなかった。

だからたとえ店員に顔を覚えられようとも、高尚なくらいに低俗で、鈍麻(どんま)るほど刺激的な行為を続けるかぎり、またここに来るだろう。なんと言ってもトイレまで学校風に作られているのだ。

「お互いのいいところを言いあわん?」

ゆうすけさんは、オレンジ色の大阪弁で言った。

「いいところ」

自分の価値も見出せない人間が、初対面の人間のいいところを探す。その提案に皮肉さすら感じたが、同時にわずかな可能性も見出した。彼は生まれたばかりのような目でこちらを見ている。

「いやね、ちょうど会社の同僚たちともやったんよ。そしたら普段話さん人間の色んな面が見えてさあ。俺のことそんな風に思ってたん? みたいな発見もあって」

「なんて言われたんですか」

「ゆうすけさん、声がでかいところがいいですねえって、他にもっとあったやろって思いっきりツッコんだわ」

彼は他人と距離を縮める天才だった。会社のエレベーターで同期と会話が続かない時など、彼がいてくれれば心強いかもしれない。いつもは勝手に肩身の狭い思いをしながら、「私たちは静寂を共有できる仲なんだ」と自分をフォローしていた。

「そんで、どうよ。俺のいいところ」

言葉は悪魔、沈黙は天使。余計なことを口にすれば死ぬとさえ思っていたが、もしかすると、余計が生み出すものもあるのかもしれない。そうだなあ、と言いかけたところで、やにわに大音量でハッピーバースデイが流れはじめた。遠くの個室で虹色の喝采が上がる。

ゆうすけさんは両手を口に当てて「おめでとう!」と、果汁のような祝福をほとばしらせた。

自分たちがなにを話していたのかも忘れて酒を飲んだ。そのあと彼はヒーローインタビューを受ける選手のように誇らしげな顔で、職場のことや将来について語った。

周囲が男性ばかりで、三十代で結婚していないのは自分だけだと笑う。その言葉に圧迫感を覚えた。そして彼の目に糸口を探るような色があって戸惑う。なにもない腹の中を探られても、ないものはなかった。希望もたくらみも下心もない。今日の食事に夕食以上の意味を含ませるつもりはなかった。

その日は申し訳なさすら感じながら店をあとにしたが、しばらくして、やはり奢ってもらったお礼をするべきではないかと思った。

「うちの部屋から川が見えるんよ。暗くなると、夜景なんかが向こうに見えてさ」

彼はメッセージで自分の部屋についてよく語った。私も文面から間取りを想像し、テレビの大きさやベランダの広さについて積極的に質問した。決して

「来て」

とは言わないが、そんな予感が薄雲のように漂う。自分もその気配に色を重ねた。二人で一枚の絵を仕上げていくような感覚にのめりこみ、一度は本当に部屋に行こうかと思ったが、やり取りが長引くにつれて億劫になっていった。拒まれているような気さえしてくる。実際に行けば迷惑にすらなるのではないだろうか。

【前回の記事を読む】「こんなことはもうやめるべきだった…」かつて憎んでいた存在になることへの罪悪感