飛燕日記
タクシーを呼んで帰ることにした。おそらく時間からいって宿泊料金を取られるのだろうが、一体いくらになったのかは知らない。
「なんで泊まらないの」
きりがないので、と身支度をしながら答える。
タクシーの運転手は行きとは違う人だった。乗りこむと、シュウジさんはまた、なんで泊まらないのと聞いた。
もう一度聞くということは、なにか意味のある答えを求められている気がした。窓に映った彼を見る。初対面の人間の感情なんて読み取れるはずなかったが、黒いガラスに浮かぶ彼の細い顎を見ているうちに、理解した。
タクシー運転手にも聞かせたいのだ。
「きりがないから」
自分の胸にも、人の要望に応えた満足感と、ほの暗い心地よさが横たわった。
あんな難儀な思いをするのはもう嫌だった。だが、翌週末にまた会う約束を取りつけた。