飛燕日記
影もできないほど明るいバスルームに、焚きつけられた虫のように入っていく。七色に光る湯はあふれようとしているのに、蛇口は全開になったままだ。
座っていた身体が徐々に浮いていく。肩口に彼のとがった顎が触れた。ひげが耳に当たると毛虫に刺されたようにかったが、毒がないことは知っている。身体を探る手に、固まったなにかがほぐされていった。
いつの間にか、湯は浴槽をあふれ出し、濡らすつもりのなかった髪も首に張りついていた。頭のすみになぜが「豊かなお湯」という言葉が浮かぶ。風呂を出て適当な映画を観はじめた。彼が偶然選んだのは、突然変異した亀たちが忍者になって活躍するものだった。
「これ観るの三回目です」
「男と観たの?」
すかさず聞き返されて、不意に急所を刺されたような気分になった。まさか、と笑ってやりすごそうとしたが「図星だな、これは」と追い打ちをかけられる。反射的に防御本能が働いて黙った。
初対面の人間にそこまで干渉される筋あいはないし、彼とはベッドで汗を流す以上の関係になるつもりはなかった。
ひげが口元を刺し、乾燥した唇が触れる。舌が入りこんできた。その瞬間、刺激を感じて咄嗟に顔を離した。口腔を探ると冷たい粒が残っている。タブレット菓子の強すぎる清涼感が、湯上りの心地を破っていった。
「なんで今、食べてるんですか」
「え、なんとなく」
その顔を改めて間近に見て、カマキリじみていることに気がついた。小さな口で全身にキスをされる。
ひげの感触とミントの冷たさで、身体中がおかしな感じがした。心地よさを探そうとしたが、くすぐったさしかなく、ついに耐えきれなくなって体勢を入れ替えた。首に口づけて、鎖骨から胸、わき腹、浮いたあばら骨と順番に唇を落としていく。
「あの写真の時から痩せました?」
そうでもないよと彼は嬉しそうに言った。二年前くらいの写真かなと続ける。そのころから、こうした遊びをしているのだろう。普通の男性は自撮りの写真なんて準備していないから。
いつも誰にでもしているように、そこを口に含む。頭をもたげはじめていたものは、口に収まるとわずかに体積を増した。
先端を含んだまま手を動かすと、彼が甲高い声を上げた。小型犬が鳴くような声に思わず動きが止まったが、続ける。するとさらに声を上げた。
ワントーン高くなった声は中性的ですらあった。自分のやりかたが悪いのかと混乱したが、痛いわけではないようだ。
おそらく彼は、人より声を上げる性質なんだろう。肉食系と草食系がいるように、声を出さない男性がいれば、出す男性もいる。そう自分に言い聞かせながら口と手を動かしたが、どんどんリアクションはエスカレートしていった。ついに腰を反らし、そのはずみに喉の奥を突かれてむせた。