第一章 阿梅という少女
十一
「城の女は、諸国を行商して歩く者に軽々しく近づいてはならぬ。女たちを束ねるのはお方の役目ぞ」
重綱さまはいつになく強い口調だった。どうやら、おこうのことらしい。上方のあきんどが担いできた古着を、親戚の家で近しい女たちと一緒になって、あれこれとひっくり返しては物色していたという。誰かが見て、重綱さまにご注進に及んだのであろう。
諸国を説法して歩く遊行聖、他領から入り込んでくる物売りや旅芸人などの中には、少なからず忍びの者がいると重綱さまは言うのだ。何気なく漏らした一言が、大事に至ることになるやも知れぬと、いつになく執拗だった。
古着の話はおこうからも聞いていた。外出の許しはわたくしが出した。古手屋はおこうの上方にいる親戚筋の者だという。ほんとうはわたくしも行って見たかったぐらいだ。武家の女として、わたくしは不出来でいけない。大八君のことがある。
どこからも秘密が漏れないようにしなければならない。知っているのはわたくしと阿梅と阿菖蒲の三人だけ。阿梅も幼い阿菖蒲も弟の命がかかっていることを痛いほどに承知している。だが、おこうは知らない。阿梅が弟の小袖を縫っているのを見たとき、おこうは不思議そうに、誰の小袖なのか、と尋ねていた。さすがに阿梅はぎくっとしていたが、答えを用意していたのだろう。
「男子出生を祈念して……」
と答えた。おこうは戸惑った顔で、ちらっとわたくしをうかがったようだった。男子を産むのがわたくしなのか阿梅なのか、よく分からなかったのだろう。阿梅にしてみれば、産むのは当然にお方さまと考えているだろう。
わたくしにはよく分かる。重綱さまの側室になるなど、まるで考えてはいないだろう。今は弟の無事な成長、京に暮らす母と妹、そして亡くなった父と兄のことで頭がいっぱいにちがいない。