【前回の記事を読む】「何ですかその犬は?汚らわしい」周りからの風当たりが強い中、孤独に生きていた源五郎は…
湖上の城
十四歳の源五郎は兄嫁に一瞥すると何も言わず、つき丸をかかえ立ち去ろうとした。
「それが義姉に対する態度か!」目を吊り上げて怒る兄嫁に、「なれば、目上の者らしい教養を身に付けなされ!」と一喝し立ち去る源五郎の背を、椚田姫はいつまでも睨みつけていた。
そんな源五郎をこの城の中で唯一人、気にかけている者がいた。太田下野守道叶といい、源五郎の母の弟で源五郎には叔父にあたる。若くして家督を継いだばかりで、源五郎の三つ上と歳も近く源五郎の心情もよく理解出来たのである。
屋形を出て来た源五郎に、「若、あのような物言いは良くありませんぞ」と小声でまくしたてた。
源五郎も道叶には気を許しているらしく、
「兄嫁というだけで、ものの道理すら分からぬ者を立てる気にはなれん」
「しかし……若……」
「もうよいのだ。俺に関わってもいい事はないぞ」
すたすたと歩き去る源五郎を追いかけながら聞いた。
「若、その仔犬をどうなさるおつもりですか?」
「分からぬ。なれどこのままでは死んでしまおう。自立するまで面倒みるしかないだろう」
「また殿にお叱りを受けてしまいますぞ!」
「知った事か!」吐き捨てる源五郎なのである。
示しがつかぬ……。と殿に手討ちにされてしまうのではないかと心配する道叶をよそに、屋形の外れにある屋根の平側の一部分を切り上げ、煙出しを設けた厨の中を源五郎は覗き込んだ。
中は竈を備えた土間の部分と、囲炉裏のある床板の張られた板間とに分かれている。その中にいる数人の下女の中から、土間で働く「くま」を捕まえ源五郎は聞いた。
「何かこの仔犬にやれる物はないか?」
「あれあれ、こりゃあめんこい仔犬だぁ~。少々お待ちくだせぇ」と囲炉裏に吊るした鍋の中から雑炊をよそい、持ってきた。
つき丸に与えると、それをがつがつ食べ始める。
「ゆっくり食べよ、胃が驚いてしまうぞ」
優しい笑顔で源五郎はつき丸の背を撫でてやった。つき丸はよほど腹が減っていたものか、お構いなしに食べ続ける。普段はあまり見せぬ優し気な表情をしている源五郎を、道叶は心配そうに眺めていた。