ベッドの右手には、十四インチのテレビがのった床頭台しょうとうだい。台にはスライド式のテーブルがついていて、その上に育毛剤ヘアハゲーンとたこ焼きスナック・タコちっちの甘辛ソース味、それから見覚えのある携帯電話が置いてある。いつからこのベッドにいるのか、もうどれくらいこうしているのか、まったくわからない。すこし前まで違う部屋にいたような気がする。はっきりした根拠はないのだが、たしかにあれは別の部屋だった。

いったい誰がここまで運んできたのか、どうして今ここにいるのか、まるでわからなかった。

何をする気も起きない。

体が底なしにだるい。

誰かがやさしく肩を揺さぶる。目を開くと、若い女の人が顔を見ていた。色が白い。茶髪だ。

「あなたのお名前は?」

「………………くるみや………………ゆう……と」

「お年はおいくつですか?」

「………………さんじゅう……………よんさい?」

「ここはどこですか?」

「………………………カマタ」

「もう一度聞きますよ。来見谷さん、こ・こ・は・ど・こ・で・す・か?」

「……………イバラ…キ…?」

考える気力もない。そのまま吸いこまれるように、僕は深い眠りに落ちていった――。

-

「看護婦さーん!」

カーテンの向こうで、老人の地獄のような叫び声が聞こえる。あたりはまっ暗だった。

「看護婦さーん! 看護婦さーん!」

痰のからんだ塩辛声。ベッド柵をガンガン揺らす。このいがらっぽい叫び声は、いつも僕を悩ませる。

「うるさいな!」

僕は何度か怒鳴ったが、まるで聞こえていないのか、爺さんは叫び続ける。

「看護婦さーん! 看護婦さーん!」

天井がグルグルと回っていた。

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目を覚ますと、となりに男がいた。いつも見る丸顔だ。

「体位変換するから、その前に体を動かすよ」

「……イタイ、左足のつけ根がもろにイタイ」

男が、僕の足をかかえて動かしている。馴染みのある白衣だ。

「左の股関節が外側に向いちゃってるね」

言いながら、男は僕の足を動かす。同じ三十代のようだ。

「来見谷さん、理学療法士なんだって?」

「……うーん」

「だったら、このままウチで働いちゃいなよ」

足を動かされると、腰から股間にかけて突き刺さるような痛みが走る。

「イタイ、イタイ」

「ごめんねぇ~。痛いよねぇ~。もうちょっとだからねぇ~」

男は、僕の足をゆっくりと動かした。

「アイタタタ、体、動かさないでください」

「終わったよ。足が変にならないように、枕で固定しておこう」

体勢が整うと、僕はやや落ちついた。

「それじゃ来見谷さん、また来るね」

遠くでサイレンの音が鳴っていた。