一、羊の群

李徳裕が関心を示すのを感じ取った胡商は、大仰に言いながら店先に置いてあった(かめ)の前へ連れて行った。

置かれていたのは蓋が開き、手垢で黒ずみ使い古された瓶、李徳裕は蓋を取って顔を近づけてみた。

「こんな葡萄酒はいらん、香りもない」

「そうではありません、奥に置いてある着いたばかりの西域の葡萄酒と較べて頂けたらと思ってお連れしただけです」と、慌てた胡商は額の汗を拭きながら弁解した。

「それならその西域の葡萄酒を飲んで較べてみよう」

「えっ、飲まれるのですか」

「葡萄酒は瓶によって味が異なると言う、味見をせねば良し悪しは分からぬではないか」

「そんなことを言う人も居ますが、この店で売る葡萄酒は全て西域からの一級品でございます」

「そうだ其方から以前、葡萄酒を買ったことを思い出した。前の店は間口も狭く目立たぬ小路にあったはず、このように立派な構えで、大通りに面した場所ではなかったと思うが……」

「思い出して頂けましたか、はい、以前の店が手狭になったので、四か月前からこちらで商っております」

「其方の店で買った葡萄酒の味も思い出したぞ」

店先の陽だまりに置かれた瓶へ目を当て、李徳裕が胡商に聞こえるよう呟いた。

「渋みが強く、後味も悪く、とても一級品と言える物ではなかった」

胡商は何も聞こえぬ風を装い、苦々しく顔を横に向けたが、店の奥にいた若い胡人を呼び寄せ、ペルシャ語で一言二言伝えると、若い胡人は奥の戸を開けて裏へ消え、間を置いて小さな壷を抱えて現れた。

「若君の御所望通り、味見の葡萄酒を用意しました」

胡商は薄笑いを浮かべながら柄杓(ひしゃく)で少量の葡萄酒を汲み上げ、木椀に入れた。

「その前にこちらの瓶の葡萄酒を飲んでみて下さい、味の違いが分かりますので」と、店先に置いてあった葡萄酒が入った椀を差し出された。

「その瓶の葡萄酒は味見しなくとも分かる」

李徳裕が椀を退けると、胡商は仕方なく奥から運んだ葡萄酒を、李徳裕の前に差し出した。