するとそれまで李徳裕の後ろに控えていた年若い従者が「味見は私が!」と、胡商の前に進み出た。

胡商は不快な顔で従者を睨んだが、渋々、木椀を従者に手渡した。従者は木椀を受け取って内を覗き、見たこともない暗赤色の液体に戸惑い、手を止めたが、一呼吸入れ一息に葡萄酒を飲み込んだ。

「どうだ、美味いか」

含み笑いを浮かべて従者の口許を見ていた李徳裕が尋ねると、

「初めての味で分かりかねますが、甘味があります。不快な苦味は感じません。毒は含まれていないと思われます」

「そうか、それでは儂も一口試してみようか」

薄笑いを浮かべながら李徳裕は、懐から曇りなく研かれた銀の盃を取り出し、胡商に葡萄酒を入れるよう促した。

銀の盃を目にした胡商は驚きで、口を開けたまま李徳裕を見ていたが、溜め息をつくように息を吐き「毒など入っている訳がありません、売り物ですから」と、ふて腐れた顔で葡萄酒を注ぎ入れた。

銀杯に曇りの現れないのを確かめ、李徳裕は葡萄酒を口に含んでみた。

「程よい甘味だが、味が薄く酸味も弱いように思える。他の葡萄酒の味も見させてくれ」

「えっ、お気に召しませんか」

胡商は見込みが外れて残念と言った目を向け、仕方ないかといった素振りで、先刻の胡人に他の酒を持って来るよう指示をした。

李徳裕は新たに運ばれて来た葡萄酒を舌背(ぜっぱい)の上で転がすように味わい、

「これは先刻飲んだ葡萄酒より旨い、この葡萄酒を貰おう」

李徳裕はそれとなく、柄杓を持つ若い胡人の袖口に目を当てた。

「質のよい葡萄酒ですから値も張りますので、よろしくお願いします」

胡商は苦々しげな顔付きで横を向いた。

【前回の記事を読む】「身分を隠し市に来たのに、この胡商、どうして儂を知っている?」