二、牛李の党争

曹国文は書状を掌で押さえ付け、強く賛同の意を示した。進士官吏である曹国文だが、藩鎮融和政策を支持する進士官吏の多い牛党とは一線を画し、同じ考えの李徳裕と行動を共にしてきたのだ。

李徳裕にとって牛党に敵視される曹国文は、信頼に足る李党の朋友である。李徳裕が年若く知識も経験もない敬宗に「丹戻六箴(たんれいろくしん)」の書をもって綾絹献上を諫(いさ)めると、敬宗は素直に李徳裕の進言を聞き入れ、綾絹献上を取り下げた。

規則正しく寝息を刻む李徳裕の脇に、双眸を見開き薄暗い天井に顔を向ける秋蝉がいた。揚州へ来てからの秋蟬は、長安を離れて緊張が解れたのか、李徳裕と過ごす時間が増えたためなのか、心に和みのような余裕が感じられ二人は、寝所を共にするようになっていた。 

李徳裕の呼吸を確かめながら、秋蝉がゆっくりと身体を離し、滑るように寝台を降り、薄物の前を押さえながら気配を消すように、壁に設えられた棚に近づいて行った。

秋蝉は腕を伸ばしながらも寝息を測るように李徳裕に目を当て、棚の上に置かれた短刀を撫でるように触っていたが、手に取ることもなく、棚から離れ、首を垂れて細く息を吐いた。そして、震える手で布団を上げ、李徳裕の温もりの横に身体を横たえ、安堵するかのように息を漏らした。

翌日も秋蟬と枕を交えた李徳裕は、心地よく眠りについていた。すると、前夜と同じよう暗闇の中、秋蟬が、音を立てぬよう布団を抜け出し、息を潜めて短刀の置かれた棚に近づくのが分かった。棚の前で何かを思い詰めたように、短刀を見ていた秋蟬が素早く短刀を手に取った。

「チーン」

柄の飾り輪が擦れ、僅かだが静寂を裂くような音が鳴った。動きを止めた秋蟬の目は、怯え刺さるように、背を向けて横になる李徳裕に向けられた。

変わらぬ姿勢で動きを止めたままの李徳裕に、秋蟬は胸を撫で下ろすようにゆっくりと息を吐き、胸の前で抱くように短刀を持ち直し、音を立てぬように寝台の足許近くに移動し、居たたまれぬように、しゃがみ込み長いためらいの時が過ぎていた。心を決めたように、秋蟬が短刀の柄を握り締めた時だった。