一、羊の群
「買う前に、この葡萄酒が入っていた西域からの瓶を見せて貰えぬか」
李徳裕は胡商の横をすり抜け、若い胡人が出入りしていた奥に向かって歩き出した。
「若君、お待ち下さい」
慌てた胡商が、李徳裕を追った。奥の倉庫の戸を潜った所で、李徳裕が胡商に振り向いた。
「いま、口にした葡萄酒はどれかな」
奥の暗がりには高さ一尺半余り、ほぼ同じ大きさ形の瓶が二十数個程二列に並べ置かれていた。入り口に近い手前の三つの瓶は、既に封が剥がされ、蓋は瓶に乗せてあるだけだが、奥に置かれた瓶は隙間なく土で蓋を塗り固めた未開封状態だった。
「この葡萄酒は、皆同じ対価か」
「西域から来たばかりの物ですから、皆、同じ値と言いたいのですが、後ろの列は少々値が張ります」
李徳裕は瓶を指差すと、胡商は目を泳がせながら答えた。
「一瓶の値は幾らかな」
「手前前列の瓶は銀貨八両、後列は九両でございます。いかがでしょう」
「高いな、銀四両が妥当だろう」
「えっ、西域から運んで来た葡萄酒ですよ、とても、とても四両では売れませぬ」
「それなら五両ではどうかな」
「その値では到底お売りできません。無理でございます」
「さすれば、後列の葡萄酒に銅銭五千五百文を支払うと言ったらどうする」
思案する様子を見せながら、倉庫を出るが間を置いて戻って来た。
「銅銭で払って頂けるのでしたら、考えてもよろしいですが、特別ですよ」
胡商は渋々といった素振りを見せたが、目には狡智な光が宿っていた。
「本当に銅銭で払って頂けるなら、その値にもう少し色を付けて下さい、そしたらお売りしてもよいです」
「分かった銅銭で支払うことにしよう」
「でも、五千七百文ですよ」
「いや、五千五百文だ」
「えっ、二百文足りないではないですか」
「では五千六百にしよう、あまり細かいことを言うならば、この話なかったことにしよう」
「そんな乱暴な、仕方ありません五千六百文で手を打ちましょう」
「今は銅銭を持たぬので屋敷へ届けた時に銭を渡すが、それで、よいな!」
「はい、はい、かまいませぬ。店の使用人を付けますから」
「ところで、先刻飲んだ葡萄酒はどの瓶かな?」
李徳裕は三つの瓶の蓋を上げて香りを嗅ぎながら、中身の減り具合を目で計り、胡商に尋ねた。胡商は手前にあった前列の瓶を指差しそうになったが、李徳裕の目の動きを見て奥の列の手前から二番目の瓶を示した。