一、羊の群

店の前で瓶を運び出す様子を見守る李徳裕に、年配の従者が小声で尋ねた。

「若君、なぜあの瓶をお選びになったのですか」

「買うか買わぬか分からぬ客に欲で(つら)の皮の突っ張った胡商が、上等の酒を振る舞うはずがない、最初の一杯は皆、美味く感じるもの、試飲の酒は安物に決まっておる。しかも水で薄めてあった。倉庫の中には封を切った瓶が四つ、中身も少なく減っていたのが手前の二つ、酒の色も黒ずんでいた。おそらく以前からあった古い葡萄酒だろう。

二番目の瓶の回りに散らばる目張りの土は極めの細かい黄色、唐国内で作られた葡萄酒と思われた。おそらく儂が店先で二度目に飲んだ葡萄酒がそれであろう、胡人が酒を持って来た時、袖に細かな黄色い土が付いていた。恐らく唐の国内で作られた酒、西域の葡萄酒ではないと知れた。

葡萄酒の味など分かるはずがないと軽く見たのだろう、儂が最後に飲んだ瓶の葡萄酒は、濁りのない色と濃醇な味、封に用いた土の欠片も砂粒が多かった。それでまだ蓋を開けてない同じ型の瓶を選んだのだ」

「どのようにして見分けたのでしょうか」

「最後に無理矢理試飲した後列の酒瓶には、底近くの目立たぬ場所に、小さく丸い印が付けてあった。暗がりで判然としなかったが、よく見ると後列の瓶には皆同じ印が付いているように見え、前列に置かれてはいたが、買った瓶にも味見をした瓶と同じ位置に小さな丸い印が描かれていた。瓶に傷があったので、おそらく、下僕の手違いで前列に置いたと、考えたのだ」

「そういうことでしたか」と、従者は納得したように頷いた。

「倉庫に入って直ぐの場所に水瓶が置いてあった。しかも使ったばかりらしく柄杓が濡れていたのを見たか?」

「すみません、気が付きませんでしたが、薄めて量を増やすためですか」

「胡商は強欲で油断ならぬ、このくらいの気配りが必要、まだまだ安心はできぬ。瓶をすり替えられぬよう注意を怠るな! それからあの胡商、近いうちに銅銭を鋳潰し地金にして売り飛ばすはず、注意を怠らぬよう市署に連絡するのも忘れるな」

「はい、分かりました。何時もながらの若君の明晰さには感服いたします」

「銅銭は国の経済の要、胡商の餌食にされては敵わぬ! 以前、あの胡商に質の悪い葡萄酒を大枚で買わされたことを思い出したからな」と、李徳裕は胡商の店々が並ぶ界隈を素見(ひやか)しながらゆっくりと歩き始めた。

「若君、葡萄酒の瓶をお屋敷へ運ぶ手筈を整えて参りますが、余り遠くへは行かないようにして下さい」

年配の従者が李徳裕の背中に声を掛けると、軽く片手を上げて分かったと、合図が返された。