この頃の唐は銅の生産量が需要に追い付かず、銅銭の流通量が少なく、千文の銅銭硬貨を鋳潰すとその重さは六斤、銅の地金一斤は約六百文の価値があり、千文の銅銭には驚くなかれ、三千六百文の価値があったと言われている。
胡商は銅銭で支払って貰うことで、言い値より遥かに大きな利が得られると算段し、値引きを装ったに過ぎなかったのだ。
李徳裕は胡商の店から二十歩余り進んだところで、間口が一間にも満たない狭く薄暗い店の前で足を止めた。
以前来た時にはなかった店だと思いながら内を覗くと、奥まった棚に六寸余りの高さで、半球形の凹凸が不規則に重なるこれまで目にしたことのない、変わった形の紺瑠玻(ガラス)の器が飾られているのに興味を覚えた。
だが、李徳裕の視線は棚の上に置かれた青龍刀に引き寄せられている。
縦横一尺余りの厚い板で囲われた棚の中に置かれた、光沢ある深い青色の玻璃の器は一目で高価な物だと分かったが、棚の上の優に五尺はあると思われる重量感漂う長大な段平の青龍刀とあまりに不釣り合い、よく見ると鋭利に光る銀色の刃を下に向けてぶら下げてあると知れ。
青龍刀の刃先は棚板の天板に刻まれた溝の間に挟まる位置で止まっていたが、柄の握りの端穴には太い釘が通され支点となって回転、ギロチンのように落下して棚の前面を遮る仕組みと見て取れ。
盗人が玻璃の器に手を出せば、おそらく細工が解かれて青龍刀が落ち、重みで手を切り落して、棚の前面が蓋される仕組みと分かった。
だが、刃の切先が何所で止めてあるかは、立ち位置を変え、首を傾げて覗き見たが、李徳裕には全く仕掛けが解らない。