片倉家の当主となる優秀な男子が阿梅の腹に宿ることを、わたくしは心の底で期待していることにふと気がついた。なんとも言いようのない戸惑いを感じる。阿梅はまだ子供なのだ。阿梅に対する妬み心がかけらもないと言えば嘘になる。だが、阿梅なら許せる、という気持ちの方が強い。

今はむしろ阿梅にわたくしの役割を引き継いで欲しいのだ。

もしかすると、孫の出生を待ち望む祖母の心境に似ているのかも知れない。わたくしに男子が授かることはない。それがお薬師さまから下されたご託宣だった。

二年前になるが、身分を伏せ身をやつして、おこうと二人、ひそかに洞窟の薬師如来さまに詣でたことがあった。願いはたった一つ、男子出生である。岩に伏してお告げを待ったが、望みは巫女の一言で切り捨てられた。

「一家に男子は授からない。娘を大事にせよ」と言うなり巫女は、その場にくずおれたのだった。側室のいる領主の妻、と正直に名乗っていたら、お薬師さまのお言葉は違ったかも知れないではないか。

男子が授かるものなら、他の側室ではなく阿梅の腹に宿って欲しい。光の届かない洞窟の奥で灯明が揺らぎ、垂直に切り立った岩肌に描かれた、薬師如来さまの真っ白い巨大なお顔が、わたくしをじっと見つめておられたことが、今も瞼の裏に残っている。

片倉家にはいまだに男子が授かっていない。

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