第一章 阿梅という少女
五
真田左衛門佐幸村どのは落城前夜まで、なぜあの大坂城に阿梅をとどめておいたのだろうか。もっと早く他の娘たちのように、傅役をつけて逃がすこともできたはずだ。その方がどれほど後顧の憂いを断つことができたか知れない。
だがわたくしは阿梅を見ていて、だんだんとその理由が分かるような気がしてきた。
阿梅は幼いながらも、左衛門佐どのが最後まで手元におきたい、相棒だったのではないだろうか。傍にいるだけで心強い小さな盟友。左衛門佐どのはもしかしたらかなり早い時期から、重綱さまに阿梅を託す心づもりをしていたのではないか、という気がしてきた。戦ぶりに惚れ込んだからと言って、慌ただしく決戦前夜に決めることとは思えない。
傍らで繕いものをしているおこうに、ふと尋ねてみる気になった。
「そりゃあお方さま、阿梅さんは真田幸村さまの自慢の娘だったんでしょう? 滅多にお目にかかれないべっぴんさんだあ。日の本一のつわものが、鬼の小十郎さまに惚れ込んで、娘を嫁にしてもらうつもりだったと思いますよ。若さまだって男さんですから、それはもう、うれしいっちゃあ」
おこうはちらと目を上げただけで、なぜそんな当たり前のことを聞くのか、という顔で黙々と針を運んでいる。
でも、と、わたくしは食い下がった。
「大事に育てて嫁に出すということもできるでしょ?」
わたくしには腹を割って安心してこの手の話ができる相手は、城の中にはおこう以外にいない。おこうは、んだなあ、と言って手を止めた。
「阿梅さんはここさ残るような気がするなあ。阿菖蒲さんは嫁にだされっぺよ。何の根拠もねえけどさ。勘だっちゃ」
おこうは指で自分の頭を叩いて見せた。遅れて白石にたどり着いた阿菖蒲は、何の苦労もなく育ったようにおっとりして、目も優しく伏し目がちだ。なるほど、とわたくしはうなずいた。