14 死体入れ替わり

広畑時代の高炉番の多忙な頃、久しぶりに家族四人で、山陰地方を旅行したことがある。残雪が残っており、深い雪の中を会社の保養所がある大山の麓を訪ね、出雲、松江方面、ラフカデイオ・ハーンの記念館などを訪ねた。

いつもながらに、事前に指定券や急行券を手配せず、行き当たりばったりの旅行ゆえ、帰りは何時間も立ったままで、やっとの思いで、社宅であるわが家に戻った。玄関に一片の紙片が挟んでであった。

「製鉄原料工場のA君が交通事故で、B医院に入院しています。藤田工場長はすぐ行って下さい」。

草臥れた体を休める暇もなく、指定されたB医院へ駆けつけた。暫く廊下で待っていると家族が泣きながら駆けつけてきた。年老いたおばあさんは、もう悲しみで腰が立たない。

そのうち警察官立ちあいのもとで、医院の先生が白い布に覆われている顔を家族に見せることになった。どうも体全部がかなり痛んでいるらしく変形している。その内娘さんが「この人はうちのお父ちゃんと違う」と言い出した。警官はポケットに入っていた運転免許証を取り出し、それを見せて娘さんに確認したが、やはり違うと言う。

それではお父ちゃんであるA君はどこへ行ったか。それから三日間非番の工場メンバーを動員して、行きそうな場所を探したが行方が分からなかった。四日目にやっと疲れ果てたお父ちゃんであるA君が、自宅に戻ってきた。早速食事をさせ、風呂に入れたところ、脱いだお父ちゃんのポケットの中から他人の運転免許証が出てきた。それによってB病院にある仏様の身元が判明した。

A君は前を走っているバイクの人が道路の凹部にはまり込み横転したところを轢いてしまった。すぐ救急車を呼び、通行人の協力で収容した時に、横転した人から地面に落ちた免許証とA君が救助作業中にポケットから落ちた免許証がいつの間にか交換の形で、偶然に入れ替わってしまった。

横転した人は亡くなってしまった。A君は自分が過失ではないにせよ轢いてしまったことの恐ろしさから、近所の森に数日間籠ってしまった。その間、横転し、死んでしまった人が、その人のポケットに入っていた免許証からA君であると思われていたのである。

工場全員がA君探しに動員され、協力してくれた。この連帯感、チームワークが製造現場に育っていたことが、工場長として嬉しかった。