「ミスター・アシハラ。今年もロンドンへようこそ」

ジムは俊夫にウインクし、自分の回りに舞台に見立てる境界線を指先で描く。

「君を見ると、いや、君たち日本人を見ていると、私はどうしてもマルセル・マルソーになった気分になる。どうしても手と足が勝手に動き出す」

彼はワインの瓶を傍らに置き、操り人形のようにちょこまかと歩き、片言の日本語をしゃべり始める。

「アノネ、モシモシ、ハジメマシテ、アノネ、モシモシ、ダメヨ、ヤスイヨ、アリガト」

その絶妙な仕草と片言に、ワインのグラスを片手に屯している日本人の観客たちは一斉にげらげら笑い転げる。

「ほら笑った。一斉に」

ジムは勝ち誇ってしゃべり続ける。

「一人残らず、一斉に。なんて面白い、楽しい人種なんだろう。日本人は。とても柔和で、愛想がいい。同じ仕草をし、同じ身振りをする。ちょこまかと忙しげに歩き回り、柔和に微笑み、手をもみ、小腰をかがめて。そして群れをなして行動する。まるで鰯いわしの大群だ。多分世界一忠誠心に富んだ世にも稀な民族だよ。日本人は」

もうオーシャントレックの小間の回りは部外者立ち入り禁止の区域となっているような雰囲気を醸し出す。ホストのサービス精神が佳境に入り、日本人たちは笑い転げ、手を叩く。

「アノネ、モシモシ、ハジメマシテ」

パペットを演じるマルセル・マルソーは自分が完全にその場の空気を支配していると確信し、伸び伸びと、己の才能に酔いしれながら奇妙な日本語を操り続ける。日本人たちのげらげら笑いは一層高まり、閉会を迎えつつある会場のどこか弛緩した雰囲気の中でその一角だけが高揚した雰囲気に包まれる。

俊夫もまた笑い転げていた。とりわけジムが自分を名指しで演じているだけにどうしても笑い転げねばその場の雰囲気が収まらない感じだった。笑い転げ、喉を詰まらせ、咳き込んで、そしてまたどっと笑う。すると、その笑いの透き間に何か冷たいものがすっと忍んで来る。これは何だ。俊夫はその冷たいものを凝視する。

日本人は笑い転げているがジムは笑っていない。真摯なまでに生真面目な表情を浮かべて日本人を演じる彼は何者なのか。笑いに歪む自分の顔が痙攣するのを俊夫は感じ、そして俊夫の心の中に生まれたその疑問もまたそのまま凍りついていく。

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