序章 三人寄れば地獄行き

まさにこのときだった。

私に話しかけた客の右隣にいた、二十代半ばぐらいの青年が、突然「わかったぞ!」と大声を出した。

そして正面の掛け軸にすっ飛んでいった。正面の若い女性にぶつかりながら何か祝詞のようなものを唱えた。昔、時代劇で見たことがあるが、「のうまくさんまんだら」というようなものを唱えていたと思う。唱え終わると青年はライターを取り出し、掛け軸の「ま」の文字に火を付けた。

そのとたん、「ぎえええええ―」と、動物の悲鳴とも違う何とも気味悪い声が掛け軸からしたかと思うと、掛け軸はほんの五、六秒で燃え上がり、やがて火は消えてしまった。

地面には内部が焼けてしまって、異臭がする掛け軸の残骸だけが残った。

生き残った客はようやく我に返り、椅子から立ち上がった。私に話しかけた中年男性が「これは本当のことなのか」とひとりごとのように言った。最後に正面にすわった若い女性が、大声でその場に泣き崩れた。

私は千穂を固く抱きしめた。娘は震えていた。

中年男性がカーテンの奥の死体を調べ始めた。携帯電話で何か話をしている。話が終わると全員に、「今から警察が来ます。誰も動かないで、このままここにいてください。私は函館南署地域課の赤石です」と言った。偶然警察関係者がいたのだ。

そのとき、掛け軸を燃やした青年が口を開いた。

「皆さん、説明しましょう」

命の恩人の言葉だし、皆これはどういうことだったか知りたくて、全員が青年を注視した。おとなしそうなどこにでもいるような青年だが、不思議な力を持っているのは間違いなかった。

「信じられないでしょうが、これは恐ろしい悪魔がいけにえを求めていたのです。まず、手足となる人間に憑依してテント小屋を作らせ、自分は掛け軸の中におさまり、小屋の中に結界を作ります。そして入ってきた人に催眠術のようなものをかけて、取り殺していったのです。

私が小屋に入って、まず正面に座った人が殺されました。私はこれは悪魔の仕業だとすぐに思いました。しかし、悪魔がどこにいるのかがわからなかったのです。次にまた正面に座った人が殺されました。私も悪魔の(しゅ)にかけられそうになったので、『南無大師遍照金剛』と心の中で唱えながら、悪魔がどこにいるのか霊視を始めました。

三味線の女の人が、まず悪魔に操られているのがわかりました。ただ、その間に太鼓を打っていた人が殺されました。そのあと三味線の女の人が殺されましたが、そのとき掛け軸から邪悪な念が飛び出したのを、ようやく霊視することができました。それで不動明王のお力をお借りし、火を点けて除霊したというわけです」