「そんなことがあったのか」
「うん。黒岩産業は真栄山日報の主要広告主だし、うちのイベント事業にも共催、協賛している有力スポンサーだ。新聞離れが進んでいる現状では怒らすわけにいかない。それが理由だと思う」
「それで引っ込むムラじゃないよな」
「もちろんさ。でも日報の上層部の耳に入るとまたストップがかかる。だからなかなか思うようには動けない」
村野はため息をついた。彼の話を聞いて、吾郷はおぼろげだった疑念に輪郭が見えてきた気がした。佐分利市長と黒岩産業の結託の噂、表部長の掌返し、山北開発に纏わる談合と市当局の黙認を匂わす告発文書……。
「市長選はどうだったの? 現職優位の下馬評をひっくり返して圧勝するには強引なことをしたのでは?」
「それなんだ。もちろん黒岩の息のかかる下請け、孫請けを使って買収まがいの行為もやり、実際に数人検挙されたが、結局はトカゲの尻尾切りさ。佐分利市長はもちろん、黒岩会長にだって捜査の手は伸びなかった。でもそれは大した問題じゃない。それよりも巧妙なのはNPOを使ったことだ」
「NPO?」
「うん。『月城の生活向上を実現する会』略して『月生会』って聞いたことがあるか?」
「ああ、名前だけだが」
「『月城のまちづくりを推進する活動』を定款に掲げて、市長選の一年半くらい前に設立された。『花粉症のアレルゲンをばら撒く山北を開発して、安全で豊かな月城を造ろう』って主張してるんだ」
「花粉症……」
吾郷は、花粉症と聞いて高取の話を思いだし、長谷部長辞職の経緯を話した。
「そのクレーム攻撃は月生会の仕業だよ」
「そうなのか」
吾郷は憤ってグラスを一気に空にした。
「それで月生会の活動なんだが……」
――怪しげな専門家を呼んで、山北の花粉リスクや開発後の経済的メリットを啓発するセミナーを頻繁に開いた。客寄せパンダとして地元の人気アイドルグループや、年配者向けには人気演歌歌手を出演させるイベントを抱き合わせで開催したりもした。
「俺も取材したけど、あんな地方都市で人気芸能人を呼んでるから立ち見がでる盛況だった。イベントが終わるとみんな上機嫌さ。しかも頭の中には山北開発のメリットが刷り込まれている。
特に、普段はあまり投票にいかない若い親世代は子供の喘息やアレルギーには敏感だからな。イベントに参加した親はSNSに、山北開発によってアレルギー問題が解決するがごとき書き込みを盛んにするようになり、投票もした。巧妙な事前運動だよ」
村野は渋面になった。