兆し

疑惑

立花が加わり、昔話でますます盛り上がる。吾郷は、参加してよかった、と心底思う。大手銀行を辞めることは彼にとって一大決心だった。月城市役所に勤務してからも心の底に澱む都落ちの感は拭えず、高取以外の同窓には距離を置いていた。最近になって、ようやくそんな気持ちも吹っ切れて同窓会への参加を決めた。

「こいつ大学卒業したら立花先生にプロポーズするって言ってたんですよ」

「あら、早く言ってよ」

たわいない冗談が楽しい時をつくる。やっぱり同窓っていいな、改めてこの故郷を安住できる幸せな土地にしなければと思う。そのとき、「立花先生お久しぶりです」と声がした。

「えーと、ひょっとして三村さん?」

三村由里だった。真栄山高校は共学ではあったが、当時九割は男子生徒で三村は数少ない女子の一人だった。在学中は眼鏡をかけ、いかにもどんくさい地方の優等生タイプだったが、コンタクトにしたのか、見違えるようにあか抜けている。その頃は気にも留めなかったが、もともと顔の造作はきれいなんだ、と吾郷は思った。

「三村、久しぶり」と声が上がる。

「覚えていただいててありがとうございます。今は桐谷姓だけど、三村と呼んでね」

「あ、そうだよね」

高取がうなずいた。彼は同窓会の期別幹事で同期の名簿管理をしている。

「三村さん、見違えたわ。いまどうしてるの?」

「真栄山税務署にいます」

「うわ税務署、こわ」と田中が言うと、「今度『田中ガーデン』の税務調査をやろうと思ってるの」と三村が冗談で返した。

「やめて、やめて」

田中の大げさに恐がる演技に、「相変わらず役者やなあ」と爆笑が起こる。

三村が税務署員と聞いて吾郷は一瞬、彼女なら何か情報を持っているかもしれない、と思ったが、まともに訊いても厳格な守秘義務で相手にされないだろう、と考えた。

「いま、山北開発のことで立花先生にとっちめられていたんだ」

「え、どうして」

「俺と高取は山北の自然を守ることが仕事なのに責任放棄だって、ぐいぐいと」

吾郷のおおげさに(おび)えたジェスチャーに三村が声を出して笑う。

「でも、黒岩産業って、あんな開発を一社で請け負うなんてよっぽど儲かってそうだ。法人税もたくさん納めてるんだろうな」

吾郷は独り言のように探りを発し、横目で三村を見た。彼女の表情は全く変わらない。

「月城の会社のことは管轄外だから全然知らないわ」

……顔色一つ変えない彼女の表情から察すると、情報は持ってなさそうだ。横で聞いていた田中が「黒岩産業の話なんかどうでもいいだろ」と割って入る。