苛立ち
その次に勤めたのが、夫婦だけでやっている小さな食料品店だった。店長の夫は昔気質の無骨な人だったが、奥さんは愛嬌のある話好きな人で、誰にでも人当たりよく話しかける。この店は、奥さんの人柄でもっているようなものだ。
もうここでダメなら最後と思って、張り切って商品の品出し、陳列、販売と朝早くから、夜遅くまで勤務した。一日十時間以上働いたと思う。経営者の夫婦は年を取っていたので、重宝された。この時点で給料は、部屋代・食費・光熱費を別にして、手取りで八万五千円だった。
店の仕事にも慣れた頃、お客さんとして現れた一人の女性が気になりはじめる。気になるというか、彼女が来店すると、僕は気もそぞろになった。彼女はとても瘦せていて、肌の色が白かった。白い肌は太陽が当たると、向こうが透けて見えそうに思うほどだった。特別に目立つ容姿ではないが、目が大きく顔立ちが整っていた。彼女のことを考えると、眠れない夜が二週間以上続いた。
でも、初めての告白は、なんて言えばいいんだろう。
(振られたらどうしよう……)
(さすがに店で言ったらまずいよな……)
同じ思いが堂々めぐりして、ますますあの娘を意識した。チャンスは突然訪れた。店が従業員を増やして、早く帰れる日ができた僕は、夜八時頃買い物に出かけたいつもは通らない道で、なんと彼女を見つけたのだ。
(今しかない、言うんだ俺!)
気が動転した。それでも思い切って、ありったけの勇気を振り絞って、彼女を呼び止めた。
「あの、僕とつき合ってほしいんだ。もちろん最初は友達として」
すらすら言葉が出てくるわけがない。やはり語尾が上ずってしまった。彼女は明らかに不機嫌で、迷惑そうだった。僕を一瞥して、苦々しく言い放った。
「あなたの態度に、女性が好感を持つと思っているの? その卑屈な態度で、あなたはなにか得をすることがあるの?」
あまりの彼女の言葉に、僕は気を失いそうになった。どうやって、店の裏にある部屋まで帰ったのか覚えていない。