一陣の風
茜色の風の時代
「ねえ。お茶でも飲みに行こうよ」
講義が終わると、真美は周りの何人かに声をかけた。そのうちの七、八人が反応して、移動を始める。
「ふみも行くよ」
私も? 返事をするより早く真美は私の腕をつかんだ。風が吹いた。桜の木は、とうに葉桜になっていた。
おしゃれなカフェに移動した。私は物珍しく、辺りをきょろきょろ見回した。
「知っている? このカフェで、ソーダ水を頼むと、店員がその人の雰囲気に合わせて、ソーダ水の色を決めるんだって」
客の誰かがそんなことを話している。一緒に移動したメンバーには純一もいた。まあるい白い大きなテーブルに私たちは案内された。私はなるべく離れた位置に座った。
この大学は本命ではないから、来年度受験を目指しつつの通学になると語る柊。オーバーオールにTシャツというスタイルから幼さを感じる。学費を稼ぐために、新聞配達を毎朝こなしているあさやん。いつもなぜかピンクの毛糸の帽子をかぶっている。暑くないのだろうか。陽菜は甘ったるい声で、大学生活を楽しむと身振り手振りで強調した。大人っぽい紀子は「居酒屋でのバイトが決まったから、来てね」とチラシを配った。「行く。行く」みんなの反応がよい。
やはり純一は話すのが上手い。前に私に語った内容とほぼ同じだが、簡潔にわかりやすくアレンジしている。少し低く響くテノールの声が心地よい。細い指をしているな。
しかし、聞き入ってる場合ではなかった。私の番だ。自己紹介は死ぬほど嫌いだ。こんな風に、カフェで何人もの人と過ごすのも人生初かもしれない。声が震える。
「春野ふみです。出身高校はK高校で、テニス部でした」
小さな声でやっとこれだけを言った。すると、すぐに引き取るように真美が、「ふみはとてもシャイなのよ~。この大学生活で私が鍛えま~す。それで、その私はというと……」と続けた。
そこからは真美の独り語りだった。社会人生活の三年間の苦労話や現在の一風変わった猫との下宿生活。この大学生活で得たいと考えているもの……。いつのまにか、真美の目の前にはまっ赤なソーダ水が置かれていた。
淀みなく続く「波乱万丈人生の物語」に皆聞き入った。真美の表情豊かな表情と、臨場感あふれる話しぶりは、人を惹きつける。純一も興味を示したようだった。二人は似た者同士なのかもしれない。
経歴も専攻する科目も違う者同士が、こうして同じ教養クラスになって、語り合う「偶然」を私は不思議な想いで眺めた。大学生活が楽しくなりそうな予感も感じた。
ガタッ。
「ごめん。私、居酒屋のバイトが始まる時間だから」
紀子が立ち上がると、お開きの雰囲気になった。「ぼくもそろそろ行かないと」帰りを急ぐ者が出始めて、その姿を見送ると、残ったのは、真美、柊、純一、私の四人であった。
「もう少し時間大丈夫?」
真美は他の私たち三人を「今からうちに来ない? すぐ近くなの。下宿だけど、一軒家だし」と誘った。
この日から四人の一風変わった大学生活が始まった。風は私の背中を押すように、後ろから吹く時津風だ。追い風を感じた。茜色の夕焼けが美しい。