一陣の風
琥珀色の風の時代
それまでぬくぬく甘やかされていた私はバイトすらまともにしたことがなかった。
不特定多数の人と話をしなければならないカフェでのバイトは内心心配だったが、始めてみると、驚くほどスムーズにコミュニケーションがとれた。これも、あの三人のおかげなのか。
「ふみちゃん、おはよう。今日は大学は休みかい?」
「午後から行くよ」
「じゃあ、今から俺とデエトでもするか」
「バイトしてるじゃん。それにデエトって、誘い方が古っ」
以前だったら、赤くなって返事に困ってしまうだろう。でも、軽く受け流すことができる。
「はい。はい。そんなこと言ってないで、お仕事頑張って。いってらっしゃい」
笑顔で常連さんを送り出す。思ったより作業も手際よくできた。会話もスムーズで、マスターからも信頼されるようになった。驚くべき展開。あの何もできない引っ込み思案の私は、もういなかった。人生はわからない。人の本質は変わらなくても、スキルを磨くことで人との付き合い方は変わる。
会話はキャッチボール。コミュニケーションが上手くとれることで世界は広がった。実際、ぱんぱんとリズムよく人と会話することは「楽しい」と感じることだった。
純一と真美は二人で時々やってきた。二人の姿を見てもあまり胸は痛まなくなっていた。
「最近、バイトばっかりで、ちっとも下宿に遊びに来てくれん」
真美は口を尖らした。
「そうだよ。遊びに行ってやってよ」
純一の言葉。なんだかもう夫婦みたい。まあいいけど。心の呟きに独り突っ込みする。
「うん。また行くよ」
笑顔で答える。笑顔が上手くなったなあ、私。嘘ではなかった。前とは格段に行く回数は減ったが、顔は出している。真美とは話が合うし、一生付き合っていける気がする。
「あ、二人もおるじゃん」
柊が顔を出した。もちろん彼は「てんとう虫」の常連になっていた。一時間くらい、カフェに置いてある漫画本を読んで帰っていく。頼むのはいつもカフェオレ。ブラックは苦くて飲めないのだ。珈琲は苦手らしい。
まっちゃんは常連さんの一人だった。三浪して、今年も受験生の一つ年上。ややこしい。つくづく世の中にはいろんな人がいる。勉強に疲れると、ふらりと「てんとう虫」に現れる。一日に二度来ることもよくある。
「休憩し過ぎですよ~。今日も二回目じゃないですか。しかも二回目はもう二時間もいますよ」
「え~。邪魔?」
「邪魔じゃないですけど。心配しているんですよ」
「優しいなあ。ふみちゃん。好きになっちゃうよ」
この言葉がまんざら嘘ではないことを私はうすうす感づいていた。
「えへへ。だめですよ。何もでませんよ」
笑ってごまかしたが、案の定、その数日後にまっちゃんから告白されることになる。
「ごめんなさい。付き合っている人がいるの」
私が申し訳なさそうに言うと、隣でぺこっと柊は頭を下げた。ランチ一回おごることで、柊は簡単に私の一日彼になっていた。