鹿児島県知事を命ず。
昭和の一桁台が後半に入り、日本が軍国主義の高まりとともに、国難にむかう時代が始まろうとしていた中で、内務官僚の光三に新たな任務が発令された。
太平洋戦争以前の各県の知事は、国の内務省が任免権を持つ官選知事であり、勅命によって叙任された高ランクの官僚であった。
勅任官の光三は、四十八歳にしてすでに三県の知事を歴任してきていた。その光三も、内務大臣から鹿児島県知事を発令されたときは、これまでにない胸の高鳴りを覚えた。
同じ知事でも、鹿児島の知事になれるとは嬉しい。県知事として、明治維新を主導した薩摩の地を統べるのは、大いにやり甲斐がある。鹿児島には離島が多いから、好きな島巡りができるのも楽しみだ。わけても、南の海に浮かぶ奄美群島の島々を歩きまわりたい。奄美大島に父方のルーツがある美恵子を、知事夫人として島に連れて行ってやろう。
光三は学生時代の柔道で鍛えた猪首で、ずんぐりむっくりとした体の隅々に力が湧いてくるのを感じる。丸メガネをかけた顔にたくわえたトレードマークのちょび髭も、自慢げにひくついている。