第一章 知事就任

東京帝国大学を卒業し、文官高等試験に合格した光三は、内務省に入省した。ほどなく、出身地の京都で事業を営んでいる小島家の娘、美恵子と結婚。同時に、生家では三男の立場でもあったため、男子の跡継ぎがいなかった小島家の婿養子に迎えられていた。

かつての雄藩である鹿児島の知事に就くとなれば、小島家の跡継ぎとして十分に面目を施せるはず。美恵子も両親たちも喜んでくれるに違いない。光三は興奮の面持ちで、美恵子に人事を伝えた。

「アナタ、またご出世ね。おめでとうございます。でも、今度は随分と遠いところだこと」

美恵子は内心で遠隔地への赴任に不安を感じているかもしれないが、高揚している光三に努めて華やいだ笑顔を見せる。

「さっそく、京都のオヤジどのに報告するよ。喜んでもらえるんじゃないか」

義父の甲藏も、男子のいなかった小島家に婿養子として入っていた。その実の父親は、奄美大島の出である。

「奄美大島は、鹿児島県でしたよね」

そう確かめる美恵子に、光三は肝心な点に気づいたらしいと笑って応じる。

「そうだよ。なんか縁を感じるじゃないか」

「本当に。でも、申しわけないけれど、私は今回お供できません」

美恵子が、こともなげに同伴しないと宣言した。

単身での赴任など想定もしていなかった光三は、それを聞いて慌ててしまう。知事官舎では管理人夫婦が住み込みで世話をしてくれるので、単身でも日常生活をやっていけなくはない。とはいえ、五十近くになってからの単身赴任は辛い。知事ともなれば居酒屋で毎晩一杯というわけにもいかないが、官舎で晩酌をするときに話の相手がいないのは寂しい。

何よりも、自分にとって美恵子はいつでも頼れる助言者でいてくれる。美恵子が傍にいない生活は、どこか心細い。

「だって、子供たちを母と父に預けていくのはどうもね。しょっちゅうは京都に帰れないでしょ、九州の南の端だと遠すぎて」

美恵子は、小島家の本拠地である京都で生活している一男二女を祖父母に預けていくのが不安らしい。長男の洋光はすでに大学生だし、長女の芽衣子、次女の花奈子も高等女学校に通う年齢である。心配はないはずだ。そう思っている光三は粘った。

「大丈夫さ。子供たちは、もう大きいんだから。それより、ワシを一人で薩摩へいかせてみろ、酒びたりになって体を壊しちまうぞ」

真面目な顔をして威す光三に、美恵子は唇をすぼめて考え込んでしまう。

「奄美大島は美恵子には縁のある島だろ。きっと連れていくから、一緒に鹿児島へいかんか」

翌朝になって、光三は美恵子の鹿児島同伴を勝ち取った。知事の在任中に、約束した奄美への旅をなんとしても果たさなければならない。